2008年7月29日火曜日

友達の話


こんな男がいた。こんな男がいた、というのはフィクションだと思ってくれても、現実にいるのだと思ってくれても構わない。

ぼくの心のうちにいる彼の名前、仮にその名前をAとしよう。Aはぼくと同い年のバンドマンで、大学生である。大学生のバンドマンにありがちなことであるが、学校での成績は決して褒められたものではなく、何度か留年もして今もまだ大学に在籍している。顔立ちは大してよくもなく、性格は一言で言えばガサツである。付け加えて言えば鼻下からは常時二、三本の鼻毛がのぞいている。それから彼は生来のインドア派である。インドア派というのは、ひきこもりの極めて穏当な言い回しのことであった。彼はオタクで、とくにガンダム、エヴァンゲリオンを中心に日本アニメを深く愛しており、例えばフランス文学に幼いときから親しんできたとか、ボサノバとラテン音楽についていくらかの知識を擁しておるとか、そういう、いわゆる世間的に「好ましい」趣味とは程遠い文化に囲まれて青春時代を過ごしてきたように見える。で、そんなわけで彼は酔っ払うと、いくらバンドをやっていたとしたって、どうあっても自分はモテるようなタイプではないと、弁舌たくましく語りだすのであった。 

しかしAというのは本当にがさつでオタクで成績も悪く、本当にどうしようもない類の人間なのであるが、ぼくは彼のことが本当に好きであった。どうしてかと言うと、彼が心底孤独な人間だったからである。 

ある日、いくらか酔いのまわったAが二人きりの時に、突然こんな話をしたことがあった。
「なあ龍郎、おまえ、こりゃ実際本当に馬鹿みたいな話だが、どうかそう馬鹿にせず聞いてくれ。いや何、おまえそう姿勢を正して聞くような、大した話じゃない。実に皆目くだらない話さ。ああそうそうおまえ、よくありがちな、タブロイド誌の三文小説さ。その三文小説は、こういう月並みな書き出しで始まるんだ。昔々、あるところにひとりぼっちの少年がいました。どうだ、なかなか月並みなもんだろう。でな、この少年は、とあるクラスの女の子のことが好きだったんだ。この女の子は、そんなに美人てわけじゃないんだが、笑うと頬にえくぼができる、白くてちっちゃなとてもかわいらしい子で、少年はこのえくぼがたまらなく好きだった。教室ではいつも目立たず、ひとりでいることが多かった。かといってまるで友達がいないってわけでもなく、いつも何人かのグループを構成して、お弁当を一緒に食べていた。少年にとって、女の子は『心のお姫様』ってやつだった。 

で、少年はこのお姫様に気に入られようと、色々なことをする。でも少年は、大して顔もいいわけじゃないし、体操だってクラスのガキ大将の連中のように自由自在、ってわけでもないから、うまく女の子に自分のことをアピールできないんだな。ま、思春期の中学生にありがちなことだがな。それにしたってこの少年は人間関係の全てにおいてあまりに不器用で、人に自分の感情を表すのが滅法苦手と来てる。で、あんまり苦手だからうちにこもって朝方までどうしようもない深夜アニメばっかり見てる。あるいはもう大分前に兄貴が使わなくなったクラシックギターを、よくわけもわからないのにぽろぽろと自己流で弾いて、なんとか精神の安定を保ってる。都会から遥か離れた人口二、三百のさびれた田舎町で、ザーメン臭い童貞中学生が、今にもパンク寸前てわけだ。ははあやっぱり、どこまで言っても三文小説だな。だがな、月並みもここまで来ると、どれだけ才能のない作家か、試してみたくもなるってもんじゃないか。 

でな、この三文小説家はやっぱりここから、その月並みな伝統手法をしっかり守って、急展開を始めるんだ。なんてったってびっくりすることだがな、この少年が甘酸っぱい恋心を寄せているこのお姫様が、不治の病で突然入院しちまうっていう展開さ。な、本当に安っぽい、今時ありがちの、高校生が書いたケータイ小説みたいな話だろう?なあ龍郎、そんなにつまらなそうな顔をすることはないんだ。もう少しおれの話をきけよ。 

少年はな、 恥ずかしくて恥ずかしくてたまらんかったのだが、勇気を出してお見舞いに行くんだ。何をお土産にもっていくべきか大層迷ったんだがな、そりゃメロンでもなんでも、お見舞いにはお見舞いらしいものってのがあるもんだ。ところがこの少年ときたら(なあ龍郎、人間てのはときに、究極的に恥ずかしくて何がなんだかわからないくらいになっていると、あえて最も恥ずかしいと思われる選択肢を、わざわざ自分からとりにいくっていうことが、間違いなくあるものなんだぞ。)何を血迷ったか、さんざん悩みあぐねた挙句、真っ赤な薔薇を一輪だけ、駅前の花屋で購入したっていうじゃないか。看護婦にも、学ランを着たニキビだらけの中学生が、真っ赤な薔薇を一輪だけ持って、えらく緊張した面持ちで、がくがく震えながら真っ赤な顔をして汗だくでやってきたってもんだから、人目もはばからずにくすくす笑われるって始末さ。もう、少年は恥ずかしさのあまり、今にも薔薇を投げ飛ばして、ワッと逃げ出したいってくらいなものなんだ。少年にだって、アニメオタクでひきこもりの自分が、薔薇の花の一輪もって歩く姿の、まるでさまにならないことぐらいはよくよく自分で承知していたんだからな。でもなあ、そう簡単に逃げるわけにもいかないんだよ。なんたって、彼のたったひとりの大切なお姫様が、この城のどこかにとらわれたまま、たったひとりで不治の病と闘い続けているっていうんだからな。それに比べたらこの少年のかく恥なんて……そう思えば文句ひとつ言えるわけもないってわけなのさ。なにはともあれそんなわけで、彼は真っ青になって震えながら、看護婦どもにげらげらと笑われて、病室への階段を上っていったって言うのさ。 

しかしな、彼の大切なお姫様はこんな恥ずかしい少年のプレゼントにも、思いのほか並々ならぬ好意を示してくれたらしい。実のところ少年とお姫様は今まで学校でほとんど口をきいたことすらなかったというんだが、(少年は極度の恥ずかしがりやだったから、直接的なアプローチはほとんどできずにいたんだな)まあお姫様の方も、何がなんだかわからないうちに突然意味わかんない不治の病なんかに犯されちまって、大分心細くなってたんだろうよ。それに、全くひどい話だが、彼女が病気になって、そりゃあ最初はたくさんの同級生やら学校のお友達やらがお見舞いに来てくれていたんだが、一月、二月とたつごとに、来客の数も減っていって、今では彼女に見舞いに来る奴なんて、家族のほかに、ほとんど誰もいなくなっちまっていたっていうんだ。信じられるかい?突然意味のわからない不治の病なんかに犯されて、それでひとりひとり友達は減っていき、最期にはたったひとりで、誰にも知られずにさびれた病室の片隅でこっそりと死んでいくなんてことが。でも、このなにもしらないかわいいお姫様には、本当にそんなことがおこったって言うのさ! 

それで、この奇妙な来客にも、彼女は替えようもない大きな安心感をもらったんだな。で、なんとも嬉しそうに、その真っ赤な薔薇をグラスに挿したり、それから少年が果物ナイフを取り出して、丁寧に冷蔵庫に転がってた青りんごをむいてあげたりなんてことをしているうちに、ふたりの間には真正なる友情が芽生え始めることができて、やがて仕舞いには、また明日も必ず来るって、固い約束を交わしたくらいだった。かわいらしくゆびきりなんか交わしちゃってな。それも三度もだぞ。 

で、それから毎日のようにお姫様のところに、少年はお見舞いに行くようになったんだ。真っ赤な薔薇は馬鹿みたいだからやめたらしいんだが、それでもメロンを買うような余裕は中学生の彼にはどこにもなかったから、土産には道端に生えていたタンポポをひっこぬいたり、妹の育てていた牡丹を秘密で拝借してきたりしてな。時にはお隣さんの百合を黙って切ってきちゃったりしたこともあったりしたらしいが、そのたびに彼のお姫様は大喜びで、枯れちゃったやつも決して捨てようとはしないで、綺麗にゴムで束ね、病室の窓際の壁に画鋲でとめて次々とドライフラワーにしていったんだという。これがまたとても華やかで、医者や看護婦たちも大変おもしろがり、しばらくの間病院中で、ドライフラワーが大いにはやったという小噺つきさ。 

そんなわけで、毎日毎日違う花を一輪ずつ持ってくる変わった中学生くんは、病院でも今やちょっとした有名人になっていた。初めは彼のことを笑っていた看護婦たちも、次第にこの熱心な中学生に敬意に似た関心を図るようになってきて、時には『これをふたりでお食べなさい』なんて言って、缶コーヒーやらバームクーヘンやら(ナースステーションてのは大概そんなものが有り余ってるんだよ)をよこしてきたりしたんだという。中学生の方も礼儀正しく『ありがとうございます』って馬鹿丁寧にお辞儀するもんだから、あらま、なんていい子なのかしらってなわけで、やがて中学生くんはこの病院の名物見舞い人になっていったのさ。 

ところがある晩、いつものように少年が花を一輪握り締めて病室に行くと、今日はお姫様の様子がおかしい。なんだか白い顔をして、いくらおもしろい話をしてやろうとしても、無理に笑っているように見える。少年は不思議に思ったんだが、まあなんだか長い病院生活の中には、いくらかおもしろくないこともあるに違いあるまいなどと思って、そんなに深く気にもとめなかった。まあ、この少年もなんだか油断してたんだろうな。本当のことを言えば、今だっていつだって彼女はたった一人で不治の病と闘っているんだって言うのに、彼女はそんな様子はおくびにも出そうとしなかったし、いつも高らかなかわいた笑い声を、小さな花だらけの病室にころころ響かせていたって言うんだからね、だからこの少年が、いつ死ぬともしれない重病人を目の前にして、こんな鈍感な反応しか示せなかったというのも、つくづく馬鹿みたいな話なんだけど、それでも決して現実味のない話ってわけでもないんだよ。少年はなんだか、この楽しくて幸せな日々が、わけなくすいすいと、永遠に続くような気がしてたんだな。いや、どう考えたってそんなわけがなくて、こいつは正真正銘の大馬鹿なんだがね。いや龍郎、この少年は本当にどうしようもない、馬鹿も馬鹿の大馬鹿だったんだよ。 

少年は何も考えずに帰ろうとした。じゃあ、といって席をたち、引き戸をあけようとしたときに、お姫様が『あ。』と言った。少年は笑いながら上機嫌な顔で振り返った。するとお姫様が顔をひきつらせながら笑っている。でも少年はどうしようもない馬鹿だからそのことにすら気づかない。不思議そうに『どうした?』と聞くだけだ。少しの沈黙があってから、お姫様は真っ青な顔で、『さみしい。』と言った。少年は少しだけ動揺したが、こんなことは前にも何度かあったので、また来るよ、と言って優しく微笑んだだけだった。そうして、彼女が震えながらこくり、こくりと二度頷いたのを見届けてから、きっと明日ね、といって静かに扉を閉じた。 

結局その晩にお姫様はころっと死んじまった。赤、黄、紫、少年が持ち込んだ、幾百もの色鮮やかな花々に囲まれていた。 

何はともあれ、町にひとつしかない、小さな葬儀場で、式は粛々と行われた。少年には彼女が死んじまったこと自体がまるで理解すらできなくって、雲ひとつない真夏の空の下で、ただぽけーっとして列に並んでいた。セーラー服に黒い腕章を着けた同級生の少女たちが、隣でぺちゃくちゃとおしゃべりを続けていた。やがて悲しくなったのだろうか、おしゃべりはやみ、彼女たちは人目も憚らずに大きな声を出して泣き始めた。途端に少年には、自分がここにいることが、大変場違いなように感じられてきた。そうして、なんだか今すぐにでもここから逃げ出したいというように思った。 

でも、それってなんだかおかしな話じゃないか。それってなんだかおかしな話だよ。だって、どうして少年の方が葬式から逃げ出さなくちゃいけないんだ?毎日彼女のお見舞いに行っていたのは、彼女たちではなく、少年の方なんだぜ。一度もお見舞いにすら来ようともせず、平気な顔をして葬列に並んでるのは連中の方なんじゃないか。なあ、おまえは、そう思わないか。だからやっぱり、これはおかしな話なんじゃないか。 

少年は、なんだか、自分と彼女が、この世界にたったふたりっきりで取り残されてしまったような気がした。世界中の全てのひとたちと、自分たちふたりが、どうやったって永遠に理解しあえないような気がして、そうして、永遠にふたりでおいてけぼりにされてしまったような気持ちがして、とてもとても悲しくなったんだ。 

少年は、この場所にいることが、最早一秒ですら、どうしても耐えられなくなってしまった。それでタイミングを見計らって、こっそりと棺に近づいて、人形みたいになった彼女の顔をのぞきこみ、やさしくその冷たい頬にふれた。それから、ポケットから枯れた薔薇の花びらを何枚か取り出し、静かにそれを差し込んで、彼女に別れをつげたんだ。少年は、式場の外に出て、駅に向かって駆け出した。そうして、たった七百円の持ち金で、電車にとびのったんだ。どこに行くかなんてこれっぽっちも決まっちゃいないが、それでも少年は、なんてったって絶体絶命に、誰も知らないどこか遠くにいかなくちゃあならなかったんだからな。そうさ、それだけは決まってた。夕焼けの赤が、車内を鮮やかに染めていた。ごとごとごとごととゆられながら、少年は腕組みをして、支離滅裂なことばかりを考え続けていた。どうして自分が生きているのか、どうして彼女はいなくなってしまったのか、どうして自分はここにいるのか、どうして自分はこんなにばかなのか。ぐるぐるぐるぐると、いくつもの考えは浮かんではあざ笑い、そうしてまたすぐに消えた。車窓から眺めるビルや家は、赤々とした光にいまにも溶け出してしまいそうで、少年はどうして世界は溶け出さずにいるのだろうと考えた。 

少年は完全に陽が落ちたのを確認すると、その次の駅で、全く無計画に電車をおりた。なあ、東京育ちのおまえにはわからんかもしれんが、さびれた田舎の星ってのはやたらに綺麗だ。明るくって、夜道を煌々と照らすくらいだ。少年はあたりに誰もいないのを確認すると、何食わぬ顔で柵をとびこえ、ひらけた外にでた。少年の耳元を生暖かい潮風が吹いた。海沿いの小さな町であった。道なりの遥か下の方に見える黒々とした海に向かって、少年はてくてくと機械的に歩いていった。海にはつき光が落ち、光の滴が楽しげに踊り続けていた。少年には何のあてもなかったが、少年には自由があった。」 

Aはつまらなそうな顔をして、静かにタバコを揉み消した。ぼくはあっけにとられて、口をあけたまま彼の話に聞き入っていた。窓の向こうでヤンキーのバイクが、けたたましく彼方へ走り去っていった。 

「まあ、なんだかんだいって所詮中坊の家出だからな。ひとりで子供が夜中にふらふらしてんのを黙ってみてる警察なんていないわけで、あっという間に家に連れ戻されちまったよ。そんなわけで二日家を空けた少年はうまれて始めて親父に本気で殴られたわけだ。けれど少年は思うんだよ。今までの何もなく平和な日々が本当だったのか、今日から生きていく自分が本当のことなのか、生きるっつうのは当たり前だが痛いんだからな。そうだ少年はその日からこの世界相手に、たったひとりで戦争を始めたんだ。世界の終わりさ。最終戦争さ。物語の終わりは、少年の壮絶なる戦死で初めから決まってる。でもねえ、これって変な話だよな。まったく変な話なんだけどさ。でも、やっぱり、彼女が死んだから少年は生きることができたのさ。だって、誰も死ななかったとするならば、やっぱりそれは……みんな死んでるのとまるで同じことじゃないか! 

しばらくして少年は、人からのまた聞きで、生前お姫様が、少年がギター弾いている姿が格好いいとか友達に言っていたらしいということを知る。そう言えば少年は確かに、一度みんなの前で、へたくそな歌とギター演奏を披露したことがあったのだった。果たしてこの話が本当であるかに関しては、まるで確証がなかったのであるが、やがて少年は何かに取り憑かれたように、昼も夜もなく、指先を血豆だらけにしてギターを弾きまくるようになる。彼女に憑かれてたのか、自分に憑かれてたのか、はたまた生きるということに憑かれてたんだか、それはわからないのだがな、しかしな、龍郎よ」 

突然Aが顔を上げた。「なあに、三文小説さ。だけどな、この小説はこう締めくくられるんだ。『少年は、あのとき、世界中のどんな連中よりも、自分と彼女の方が絶対に正しかったんだってことを証明するためだけに、今もギターを持って歌ってる』ってな。なあ、ろくな小説じゃなかっただろう?」Aは真っ青な面をして、ぼくの目を真正面から直視した。その目は烈火のごとく燃え上がり、今までぼくが見たどんな眼よりも強く、激しい情念を宿していた。 

この話を聞いて以来、尚更ぼくは彼のことが大の大好きになった。








2008年7月4日金曜日

流れ出す血液


「目に見える世界の直下で得体の知れないものの巨大な動きがはじまった。それは、予想もつかぬ圧力と緊張のエネルギーをみなぎらせ、満ち干を繰り返す、灼熱した液体をなみなみとたたえた海であった。」(W.Erbt)

「打ちつける怒涛のように煙が噴出してきた。真っ黒い泥濘と泡と飛び散る土くれ、石や氷の塊からなる涙。うなりをあげて跳ぶ飛沫と、轟々たる爆発物のガスからなる竜巻と共に五重の死がやってくる。彼の目は大きく見開かれ、心臓は一斉に広がり、再び燃えながらはじけて縮み上がる。……神代、大地は融けてはじける泡の立つ粥かぬかるみに姿を変えてしまったのだろうか。爆発したガスと圧力と内部の溶岩流によって垂直に宙へと吹き上げられているのだろうか。それは汚物と吐瀉物からなる大洪水なのだろうか。」
(F.Schauwecker)

私たちは放出を必要とした。流れるもの、私の中に流れる熱を帯びたどろどろの粥状の血液が沸騰し、射出する先を求めて体内を循環した。身体から流れ出るとは、一体何が流れ出るのだろう。我々の身体には、一体何が流れているというのだろう。涎、涙、血液、精液、吐瀉物、糞便、これらを沸騰させ、流れ出すことを必要とする火鍋とは一体何なのだろうか。確かに、精液は射出されるべき粥状の血液そのものであった。ペニスというリボルバーから撃ちだされた沸騰する血液は、必ずや敵を見つけ出し殺戮することで満足する必要があった。どうしても敵がなければ自らを殺戮する。こうしてオナニズム(ナルシズム)とマゾヒズムの連帯が、自明のものとしてしてそこに生まれる。 

人間の身体に、ナイフを突き刺す時に得られる興奮と、同じくペニスを突き刺す時に得られる興奮は、言うまでもなく同様のものである。拷問や剣闘士の闘いは、常に上流貴族にとって最上級のポルノグラフィであった。そうして、恐らく他の生物種に見られぬ人という種のだけの異常な偏執狂的な行動の本源は全てこれだ。流れ出し、溶解させ、破滅する。(させる。)敵が、敵が必要だ。敵だけが私たちの血液を受け入れてくれるからだ。戦争と革命、これらは全て射精のためのものだ。流出する血液をこぼす受け皿だ。それらは全て、平和だの正義だのというよくわからぬ大義名分のために行われたのであるが、本当のところは射精がしたかっただけのことであった。平和だの正義だのというのは堂々たる射精の大義名分に過ぎぬ。平和な世界に住む私たちには射精の大義がない。敵を見つけることすらできなかった私たちは、オナニズムそしてマゾヒズムにだけ逃げ場を求めた。繰り返し行われる自らの手による血液の流出。行き場をなくして沸騰したそれは、自らに銃口を向けてまでも流出を求めたのだ。性器的な快楽と性的な快楽は異なるが、性的な快楽におけるオナニズム・マゾヒズムは、恐らく本来的なオナニズム・マゾヒズムのひとつの(最も手軽な)回路に過ぎない。オナニズム・マゾヒズムの本性は、性的な回路という目に見える氷山の下に、巨大な抑圧回路を持って潜んでいる。自らのオナニズムを笑うな。私たちの中に流れるどろどろの血液は、外から強くぎゅうとおされることで、圧力鍋の中の粥のように沸騰し、煮えたぎり、やがて爆発と放出を求めていた。貴方はそれを直視することを恐れた。直視すればすなわち、たちまちにして貴方の血液は身体中の穴と言う穴からあふれ流れ出し、貴方は溶解し、世界と同じになり、消えてなくなってしまうに違いないからだ。あなたはそれを恐れるがゆえに笑った。青ざめたまま、笑ってそれに蓋をした。 

かつて性が性器的なものにすぎなかった時代、性はタブーではなかったのだが、しかしやがて性が私たちの身体の中に流れる血液と結びつき始めたとき、性は恐るべき人間世界の自滅と崩壊への可能性として忌避されるに至ったのだ。しかしながらそれは、決してなくなったわけがないのであって、実際に沸騰し、流出する先を求めて荒れ狂うように体内を循環し始めた血液は誰にも止めることはできないのだ。そうして、二十世紀は戦争と革命の世紀であった。人々は流れ出すために、戦争し、革命したのだった。 

私の血液は、私の外に出ることを求める。私の魂は、私の外に出ることを求める。私は、私の外に出ることを求める。それは死ぬということだろうか。それとも、人ならぬ神類の誕生だろうか。