2009年10月29日木曜日

RE:TAKE


真に渇きたる者のために

絶望を忘れた者のために

愛を知らぬ者に

愛を壊す者に



未だ日本人ではない日本人に

僕の思想を託す


2009年6月2日火曜日

黒い自由


シンガポール人華僑のイェンおじさんは、いつも突然ふらふらと我が家に出入りしては哲学や政治の談義をして、ときどき飴玉をくれ、朝方ふらりと帰っていったものだった。


ぼくの父は早稲田で建築を学んでいた頃、華僑らの住むアパートに転がり込んで暮らしていたらしい。耳が聞こえない父にはデカイ声で話す中国人との生活が居心地がいいのだ。なにより親父にとって嬉しいのは、彼らは気を使わなかったということだ。いったいどれくらい気を使わないのかと言うと、このアパートの家賃を誰が払っているのかわからないくらいである。金があるやつが払う、ないやつは払わない、それが彼らの流儀だった。(※こういう中国人が、共産主義を選択したというのはすこぶる興味深い話である。日本人に共産主義は無理だ。日本人は気を遣いすぎる。)

日本人は無意識のうちに、相手に自分と同等の気遣いを求めるが、実は耳の聞こえない人間にとってこれはかなり困難な要求である。気遣いは世界一細やかな感性を持ち、空気を読むことに長けた日本人だからこそできる芸当なのだ。親父は華僑のほうが、日本人とよりもずっと気が合った。理由は単純で、障害者である父が、中国人とならば健常者と同じように話せたからだ。それに、同類を愛する日本人と生活するには、親父はいくらか個性が強すぎたし、また、当時の最底辺の生活、まさに貧乏のどん底のような生活が、普通の日本人といっしょに学生アパートに住むことを難しくしていた、ということも理由のひとつなのかもしれない。なにはともあれ父は、素性のしれない中国人華僑たちとひとつ屋根の下で大学の四年間を過ごすことになったのだ。

しかし共同生活を始めると、中国人はすぐに親父に迷惑をかけはじめる。料理洗濯、掃除……なにより酷かったのは論文の提出だ。連中は日本語が苦手なことにかまけて、翻訳しろ翻訳しろと、すぐ親父にたよってくる。親父もつっぱねればいいのだが、つい中国人のあの大袈裟な態度に折れて、親身になって助けてしまう。すると今度は翻訳じゃなくて、論文そのものをかけという。これが中国人である。結局親父と同期の早稲田大学中国人留学生の卒業論文は、ほとんど親父が書いたものになってしまった。

なかでもひどかったのがイェンという男で、親父に論文をかかせて、二階に女を連れ込んでいる。そうして、コトが終わると下着姿の女と降りてきて、「おう、悪いな山田、」とやるのである。

これが先ほど話にでたイェンおじさんだ。シンガポール随一の国営企業の御曹司であると同時に、その膨大な財産をたったひとりで全部食いつぶした。そうして無一文になって、去年だったか、一昨年だったか、カナダでひとり死んだ。なぜカナダかと言うと、極端に不精癖なイェンおじさんは、日本政府にも、シンガポール政府にも、出せば簡単に取れたはずの永住権申請を面倒がってしなかったからだ。「政府なんて関係あるか。他人なんて関係あるか。」そう言っていたイェンおじさんは、日本にも中国にもシンガポールにも見放され、全ての財産を失い、カナダでひとり、孤独に死んだ。

「ふん、ロクでもないやつだよ」酔っ払うと親父はよくイェンおじさんの話をした。ああいう男にはなってはいけない。ああいう男になれば不幸だ。親父は熱っぽくイェンおじさんの悪口をいった。そうして、しまいにはあんな男生きている価値すらないというのだ。そのくせ、ぼくから見れば、イェンおじさんは親父のほとんど唯ひとりの友達に違いなかった。それにどうして本当に嫌いだったら、どんなに忙しいときでもふらりとやってきたイェンおじさんを泊めて、酒杯を交わそうとするのだろう。イェンおじさんはリーカンユーのパーティで毎晩一本ウン万もするようなシャンパンを飲んでいたときも、全てを失って、財産はあの小さな毛糸の帽子ひとつだけになったときも、変わらず思い出したようにふらりと我が家にやってきた。そうして親父とムツカしい思想や政治の話をしては、気づくとスースー眠っていた。朝起きると大抵おじさんの姿はなく、毛沢東のようなひどい癖字で、辛うじて読める「また来る」との書置きだけがあった。

耳の聞こえず、日本人のうちに入り込めない親父と、徹底して自分のことしか興味のないイェンおじさん。不具者の運命は因縁のように絡み合う。親父はイェンおじさんを軽蔑したが、しかし親父の強烈過ぎる個性に口出しをしないのはイェンおじさんくらいなものだった。イェンおじさんは親父に興味をもたなかったが、けれども彼の破天荒な生き方に一切文句をつけず、放っておいたのは、親父くらいなものだったのかもしれない。

彼らは互いの人生に関心を持たず、時に憎悪すらしていたが、互いの自由だけはわかりあっていた。日本中どこへ行っても説教をされそうな勝手な人生を歩んでいる二人だったが、それゆえにこの二人が酒を飲み交わすときには、そのようなことは一切口にしなかったのだ。
事実親父は、イェンおじさんが全財産を失い、世界中から見放されていくのを目の当たりにしても、絶対に何も言わなかった。「おまえ、しっかりしろよ」とか、「きちんとやれ」とか、友人として言うべきといわれているようなことは、一切言わなかった。そうして、我が家の扉を閉ざすことも決してなかったのである。


親父はわかっていたのだろう。誰が何を忠告しようとも、イェンおじさんはそういう人生を歩んだに違いないのだということを。自分がどこに行っても不自由であるがゆえに、イェンおじさんの不自由もわかりすぎていたのである。運命、それはちょうど不自由な自由といったようなものだ。人間は重すぎる十字架のような過去を背負っているから、ちょっとやそっとで人生を変えることなんてできやしないのだ(誰かができるというのなら、それは彼がよっぽど軽い人生を歩んできた証拠である)。人は神に自由を与えられたが、おかげさまで互いをまるっきり分かり合えない存在になってしまった。


イェンおじさんの訃報をきいたときの、親父の顔をよく覚えている。笑いとも泣きともつかない、あの苦虫を噛み潰したような顔。「人は人に、何も言うことはできない……だけどなあ、とうとう死んだか。」外は見渡す限りの、果て無き真っ黒な自由。邪魔するものは何一つとしてない。君もぼくも、この世界に、永遠に一人ぼっちだ。


2009年3月1日日曜日

泥棒

無機質な蛍光灯が、ちりちりと音をたてる部屋に男が二人座っている。ひとりは警察官。もうひとりは線の細い、いやに白い男。


「たかがパンひとつ、ここまでねばるとは思わなかったがね。」

「たかがパンひとつ、そう思うならもういいじゃないですかね。」

「そうはいかない、パンひとつでも盗みは盗み、事情を聞くのが俺の仕事だ。」

「そうだ、たかがパンひとつでも盗みは盗み。おれは確かにやってのけたのだ。」

「やってのけたと言ったな。初犯か。」

「そうだ。これが始まりなのだ。」

「始まりか。いったい何が始まるというのだ。」

「人生さ。」

「終わりの間違えじゃないのか。」

「いいや、確かに始まったんだ。刑事さん、あんたは人生を始めてすらいないんだぞ。」

「どこの刑事が万引きの聴取なんてするもんか。おれはヒラ巡査だ。」


立ち上がった巡査が窓の外を見る。激しい雨で、滲んだ信号の光がガラスに映る。しばし動かず。やがてブラインドを閉じる。男が口を開く。


「巡査は、給料はいいのか。」

「なんだ、巡査になりたいのか。」


男、だまって笑っている。


「普通だよ。サラリーマンさ。」

「なんのために働く。」

「家族のためさ。」

「子供がいるのか。」

「そうだ。子がパンを盗まぬように、おれが働くのだ。」

「金があっても盗みはするぞ。金があるからおれは盗んだのだ。」


しばし無言。

降りしきる雨の音の中、ゆっくりと男が話し始める。巡査、調書に書き取りを始める。


「働いてお金をもらう、そんな当たり前のことがどうしても嫌で仕方がないのだ。こんなことを言えば、人は腹をかかえて笑うだろう。笑ってくれてかまわない。それでもやっぱり、働いて金をもらうというのは、どうしても嫌な気持ちがするのだ。
おれは生まれて初めて人からうん十万の給料というものをもらい、なんだか頭を金槌で殴られたような気がしたよ。だいたい、こんなに金をもらって、いったい何をするというのだ。月曜から金曜まで、奴隷のように働いて、その見返りがこれか。この金を、土日で馬鹿みたいに使って、そうしてまた奴隷に戻れということか。

給料をもらってすぐ、同僚が、遊びに行こうとおれを誘った。土曜の街をぶらつきながら、阿呆みたいに服を買い、クッションを買い、グラスを買い、漫画を買い、インテリアを買う。同じようにしろというから、彼を習っておれも阿呆のように金を使った。そうして、一日の締めとして、女と遊ぼうという。『風俗か。』『ばかめ、女は街でつかまえるんだ。』そう言うが早いか、彼はもう二人組みの女に声をかけていた。

女におごってやり、いい気分にさせる。頬を赤くそめて、ネコのようになった女たちを尻目に、同僚がおれに囁く。 『女なんてのはな、一杯おごってやればまず誰でもやれるんだよ。』女たちは嬉しそうにきゃっきゃと騒ぎまわっている。『こないだね、私渋谷でマキシマムザホルモンとすれちがったんだよ』『えー!ほんとほんと!?いいなぁー!』彼もすかさず話題に滑り込む。『マジ!?それチョーヤバくね?りょっくん超すきなんだけど』

吉祥寺のホテル街を、男女四人で歩く。 『歩けなぁい』『ねーむーいー』女がしなをつくり、おれに寄りかかってくる。同僚の無遠慮な笑い声が、夜の街に響く。 

『な、こいつ面白いだろ?』
『うんー、私この人のことちょっと好きになっちゃったかもー、うふー』
『うは、ゆみ惚れやすすぎでしょ』
『ちょっとちょっとおまえきたんじゃねーのコレ?』 

同僚が肩をバンバンと叩く。おれは何を思ってたかって?気持ち悪くて仕方ないんだよ。少しおごっただけで簡単に股を開くクソ女ども。汚くて絶対にさわられたくないのに、女は酔ってなおさらしなだれかかってくる。

イライライライラと唇をかみながら、下をうつむいて歩く。


しかしおれは悟ったね。なるほど世の中というのは、そういう風にできていたのか。月曜から金曜まで、奴隷のように働くと、土曜と日曜に、甘くて美味しいお菓子が待っている。そいつを舐めたらまた月曜から奴隷の生活だ。金さえあれば、服も酒もマンガもゲームも、およそこの世界にあるものはなんだって買える。女の心だって買えるんだ。いったいこれは何のパロディなのだろうね。ぼくらはなんのために生きているんだろう。金があれば女とやれる、金がなければ女とやれない。ぼくの頭は憎悪と汚いものへの嫌悪感でいっぱいだ。5日奴隷になって、その対価として、2日酒と女がやってくる。で、酒と女をくれてやるから、きっちり奴隷になりなさいって言うのか。いったい誰がおれを奴隷にしてるんだ。金はなんのためにある?金は女を買うためじゃない。金はパンを買うためにあるのさ。

おれはいきなりぴたりと立ち止まって、びっくりした顔をしている女をつきとばした。そのまま一瞥もせずにバックれて、帰り道のコンビニでジャムパンを盗んでつかまり、そうして今ここにいるってわけさ。」


巡査、筆を止め腕を組み天井を仰ぐ。何かを考えている。


「はは、まだやっぱりよくわかんないみたいだな。いいかいおまわりさん、全部欺瞞なんだ。どいつもこいつもまったく嘘なんだ。あの女がおれを好いたのはなぜだ?おれが金をもっていたからか。おれが飯をおごったからか。毎日飯をおごってやれば、毎日やれるのか。そういうことを、結婚というのか。つまるところ、女って「もの」なのか?女ってのは男を奴隷にして死ぬまで働かせるために、この世界が造った愛玩人形なのか。そうしてその愛玩人形でオナニーをするためには、月曜から金曜まで、奴隷になるしかないってわけだ。この世界はおれたちに、「奴隷になったら、褒美に女をくれてやるぞ」と、そういう風にいってるんだ。世間の人々そんなことを指してやれ真実の愛だとか、やれ愛こそ全てだとか、欺瞞に満ちたことばかり言っている。おれはそんなもの願い下げだと、あのときはっきり思ったんだ。この世界の奴隷になったご褒美に、愛玩人形でオナニーするくらいだったら、真実の愛を求めて男と抱き合ったほうが百倍マシだろうってね。おれは人形を抱く趣味をもたない。おれは人間を好む。おれはパンのために働いたはずだった。そして同じ人間と、一緒に楽しく食いたかったんだ。それがなんだ。いつの間にかパンだけじゃ生活できないこの世界だ。誰のせいだ?誰がやってるんだ?おれにパンと、真実の愛をよこせ。綺麗な服も、うまい酒も、おもしろいインテリアも、愛玩人形も、文学も芸術も宗教も全部いらん。パンと、愛だけよこせ。なければ奪う。」


しばし無言。男、目がらんらんとしている。

巡査。


「しかしいくらおまえがいらんと言っても、女はおまえを好きになるぞ。おまえが嫌悪する女は、そういうおまえを、真実の愛で包むだろう。それでもおまえはまるで気づかず、ずっと愛に飢えるんじゃないのか。盗んだパンに愛はあったか。おまえの心は砂漠のようだが、女の心は澄んだ水だ。何もない人形ではない。」

男、巡査の話に耳を傾けず、興奮さめやらぬ様子。

いつの間にか雨は上がっている。




巡査、取調べの調書に「飢えのため」と書き込む。





(幕)