2008年6月10日火曜日

ゾロアスターはかく語りき


ゾロアスターはこう尋ねた。

『人間という生き物のは楽に生きようと思えばどこまでも気楽に生きられるものだ。けれど思いつめようと思えばまた同様に、どこにでも不幸は見つけることが出来る。つまるところ宗教は、どこまで思いつめられるかに違いない。神を殺した人間が産み出した三つの宗教ごっこ、これらも皆同じである。即ち、芸術、イデオロギー、SMをもってこれを言う。神を信じる命は、これが受け入れられなければ、死ぬ。と、こう、ここまで思い詰められるか、どうかにかかっている。だが花子、お前は、果たしてそれを叶えているだろうか。神を目指している限りにおいて怖くて堪らないということがなかったら、絶対に嘘だ。もしこの作品が認められなかったら、自分は今すぐピストルで頭を撃ちぬかなきゃあならない。なぜって、もし、このたった一作品が認められなかったら、花子よ、おまえはまたこの世界に永遠にひとりぼっちだからだ。金輪際、永遠に誰も相手にしてくれないということを、明言されたようなものであるからだ。花子よ、おまえはかつて自ら友の交わりを断って、この荘厳な岩の内へと籠った。それでも、おまえに力があれば人は集まるに違いない。そう、100対1とも、1000対1とも、決して敗れさることのない圧倒的な力である。そうしておまえはまた、集まってきた新しき友を全て拒み、再びこの世界を拒否しつづけるのだ。

だが花子よ、おまえは一体何のためにそれをやるのだ。おまえはいつも世界平和のためだとか、本当の自分を求めてだとか、にやにやとバツの悪い顔をみせてははぐらかしてすますばかりである。だが花子よ、果たして本当におまえの先に世界平和はあるのか。本当の自分などいったものがあるのか。おまえは、神の国を探すといって、かつて地上の国を旅立った。しかしおまえと言ったらここでもないそこでもないと拒み続けるばかりで、延々と安息する気配はない。しかし地上の、かつての友を見よ。おまえよりずっと豊かな心の安息を得て、幸せそうではないか。おまえは果てるかな本当に、約束の地を探しているのか。

だが花子よ、地上の国のかつての友が、なおさらおまえの旅を続けさせる。今さら辞めたら面目も立たないし、こんなに苦しんだにも関わらず、結局地上の国と同じ程度の祝福しか得られなかったことがおまえにはどうしてもわからない。高貴な生き方をしたはずが、低劣な人間と同じしか得ないのだ。おまえにはこれが不公平に見える。もう少しだけいけば、もしかしてユートピアが見えるはずだ。そうやっておまえは旅をやめることが出来ない。

そして花子よ、やがておまえの周りからは誰もいなくなることだろう。ここは宇宙である。おまえは遥かなる高みに達したのだ。ここには、誰の声も届かないし、おまえは誰に煩わされることもない。ここはおまえ一人だ。もちろんおまえは、自力で上ったのであるから、いつでも望むときに地上の国に帰ることが出来る。けれどもおまえはそれをしないだろう。地の汚れに穢れることを恐れるためだ。

しかしながら花子よ、おまえは決して神ではないのだ。人の子として生まれたのだ。だから花子よ、やがておまえの足は腐りはじめ、ぼろぼろと崩れおちていくことだろう。その時に死にたくないと叫んでも、全ては後の祭りである。神は挑戦するものに、慈悲深き死をお与えになる。

しかし花子よ。地の国にはかつて、おまえを深く愛した女がいた。おまえは地の国を離れ女からも逃れようとした。おまえは女のことなど少しも愛していなかったのだ。しかし女は、それでもおまえを許した。おまえは宇宙へと至る道であの恐るべき悪魔と次々と淫らな情交を重ねたが、それすら女は許した。おまえは知っていた、女が許すということを。しかし女は、更にそれすらも許したのだ!

女は知っていた、おまえが悪魔にすら何も感じないということを。それどころかおまえは、神のことすらどうとも思ってはいないのだ。おまえは、神を殺してその玉座を奪うつもりであった。おまえは愛するということを知らない。しかし女は愛し続けた。おまえが宇宙に上る間、千年もの間である。

やがておまえは砕けちった。宇宙の果てで、ひとりぼっちだった。地の国のものはおまえのことなどとうに忘れていた。ただ、女だけが、後を追うようにひっそりと入水した。そうしておまえは、今度こそ永遠のひとりぼっちである。

おまえは確かに誰より高くのぼった。遥か宇宙まで飛び跳ねた。だが花子よ、神の前ではおまえは敗者である。おまえは負け犬だ。負け犬だから宇宙まで逃げたのだ。宇宙は、怖いか。寂しいか。だが花子よ、誰もおまえのことなど愛さないし気にもとめない。なぜならおまえが誰も愛さなかったからだ。おまえは悪魔すら愛さなかった。それどころか無償の愛すらも否定した。それはおまえにとって、真実のユートピアではなかったのだ。
おまえは恐ろしかった。戦うことを止めたら自分に何ができるのかわからなかったのだ。だからおまえは、目の前の神の国を台無しにした。おまえは確かに強い。今のおまえには1000人の屈強な戦士もまるで相手にならないだろう。だがおまえは臆病者だ。武器ひとつもたない少女たった一つの無償の愛にすら、尻尾を巻き、恐れをなして逃げ出したのだから。
花子よ、好きにするがいいさ。土台無理な話なのだから。そうして、どっちにしたって、女はおまえを許すだろう。』


そういってゾロアスターは、ひとりひっそりと太陽の影へ消えた。