もしもぼくひとりが死ぬことでこの世界が救われるなら
もうぼくは喜んで地獄の業火にだって太陽にだって、それはもう喜んで飛び込むことだろう
この気持ちはきっと決してウソじゃない、ぼくは小学校のころ初めて特攻隊の話をきいたときからゼロ戦にのってみんなに惜しまれながら死地へと旅立つ自分のことを何回も何回も思ってたんだ
たった一人の英雄の死をもってこの世界に平和と幸福がやってくる、
ぼくはその瞬間を昔からずっとずっと待ち焦がれていたんだ
けれどももしも、もしもだ
誰一人の犠牲もなく、もちろんぼくもただのひとりの人間としてそこに参加することができるのなら
もしなにか、キリストが復活するかなにかすばらしいことがおこったとして
この世界に福音がもたらされ、罪も苦しみもない、永遠に幸福な楽園が現実に現れるとするなら
神の国がこの現実に突然本物として現れるなら
ぼくは決してそんな世界に参加したくない。みんなが手をつないで拍手をして大喜びをしているところで、ぼくはたったひとりこの町をでていって、ひっそりとそこで新しい国をつくるのさ 王国をつくるんだ
ぼくはどうしても許すことができないんだよ この罪にまみれた世界を人間の罪を、だってぼくはこの世界のすべてに罪を背負っているんだから
君は本当に良心の呵責をぬきにして、福音とその大団円の中に参加できますか?ホントに?本当か?
それは暗くてじめじめした、小学校のときの記憶。花子の学校では、月曜日から金曜日までは給食がでるのですが、土曜日は半日教室といって、お弁当を家から持ってくることになっていました。給食のときは班ごとに机をくっつけてみんなでごはんを食べるのですが、土曜日の半日教室では、みんなが校庭で、好きなように好きな友達とお弁当を食べていました。花子はこの半日教室が大嫌いでした。もちろん、だれも一緒にお弁当を食べる相手がいなかったからです。花子は小学校で仲間はずれでした。それは花子が「変なやつ」で、「キモチワルイ」からに違いありませんでした。仕方なしに、花子はみんなに隠れてトイレの個室でひとりでお弁当を食べていました。もちろん、あんなところでひとりでお弁当を食べるというのは、まるでおいしいものではありません。花子はひとりで全部を食べきれずに、お弁当をトイレに捨ててしまっていました。でも、一度いつもどおりに捨てようとしたときに、急に今朝、母さんが一所懸命にウィンナーソーセージをお弁当に入れていてくれたことを思い出して、とても悲しくなってしまいました。「お母さん、ごめんなさい。」小さくつぶやいてから花子はそっとお弁当を流しました。さらさらさらと、ウィンナーソーセージが便器の中にすいこまれていって、それを見ていたら自然に涙があふれだしてきてしまって、花子はトイレの床にしゃがみこんでしまいました。外では友達がわーわーいいながらおしっこをしている音が聞こえてきて、花子は泣いているのがばれないように必死で嗚咽をかみ殺しました。結局そのまま、泣いていたのがバレたら恥ずかしいからという理由で、お昼休み中花子はトイレにこもっていたのでした。
君は花子の思いを知ってしまった。さて、それで本当に、本心からこの福音を、歓喜と敬愛の念をもってむかえることができるだろうか、できるのですか。ぼくはぼくは、本当に福音が欲しい。神の国にいきたい。花子のこともこの世にあふれるあらゆる罪や苦しみや憎悪や復讐も、全部過去のことにして、なかったことにして、忘れ去ってこの世界と一緒になって、愛と幸福と平和の名の下にキリストの降臨を待ち求め、そこにひれふし、すべては許され、この世界には春がきたりて花がひらき、鳥がささやき、そうこの世界とひとつになるということ
でもぼくは!ぼくは!決して花子のことを忘れられないのだ!だから福音は!決して許されない!この世界とひとつになるなんて花子のためにも絶対に許されないことなのだ!!!
きっと花子は、この世界に参加できずに、どこかで泣いたまま、この世界からさっていったんだ。それでみんなそのことも忘れてすっかり福音に酔いしれて、花子の人生って一体なんだったんだ!ぼくにはそんな福音絶対みとめられない!みんなで幸福になる前に花子に愛と平和を返せ!何が平和だ!何が人権だ!何が民主主義だ!何が天皇だ!花子を帰せ!花子の人生を帰せ!それ以上は何も求めないぼくは!花子を!さあ花子を帰せ!!
だから絶対にぼくは何も信じない、平和も人権も、愛も福音も、幸福も神も、人間は決してセックスなどできるわけがないのだ。誰にも認められなかった人間と過去をさしおいて、誰かとひとつになろうなどと差し出がましいにもほどがあるのだ。すべては許されない。許されるのは贖罪と復讐だけである。
地下室にこもる男の手記(ははあ!冗談よせよ!ドストエフスキーもこんな冗談言うものか!)
ぼくのもっとも古い記憶は、幼稚園の光景です。ぼくは大きな恐竜の遊具の下で、ぼんやりと立っていました。恐竜の背中ではみなが楽しそうにきゃあきゃあ騒いでいて、ぼくは一緒に遊びたくて、おもむろにはしごを上り始めました。すると突然、はしごの上から誰かが叫びました。「降りろよ!」ぼくはびくっとして、はしごに手をかけたまま、ゆっくり天を仰ぎました。逆光の中でまっくろな影が、じっとこっちをにらんでいます。ひまわり組のリーダーのようでした。彼はしばらくこっちの様子をうかがっていましたが、ぼくが手を離さずにいると、もう一度「降りろよ!」と、はっきりと言いました。ぼくはまたびくっとします。それでもまだ手を離せずにいると、上からボールがとんできました。ぼくは逃げるように手を離し、そのまま地面に沈んでゆきました。そこで記憶は止まっています。
次に古い記憶は、父さんの記憶です。ぼくらが新宿の、小さなアパートに住んでいたころのことです。がちゃん、という玄関の鍵の開く音がして、ぼくはびくっとなりました。父さんは昼になると、家にごはんを食べに帰ってきていたのですが、ぼくにはそれがとてつもなく怖かったのです。とにかく父さんは怖かった。とくにお昼はお腹がすいているのかいつも不機嫌で、近所に聞こえていようがなんだろうがなりふりかまわず怒鳴りちらしました。その日はクレヨンでお絵かきをしておったのですが、がちゃんと言う音が鳴って、ぼくはあわててそれをしまいました。父さんは家にはいるとぎろりと一にらみして、「帰ったぞ」といいました。ぼくは笑顔でおかえりなさいといいました。本当は父さんなんて永遠に帰ってこなければいいと思っていたのだけれども。
父さんは黙って手をあらって、仕事の愚痴をぶつぶつ言い始めました。ぼくはびくびくしながら席について、おとなしくアジの開きが運ばれてくるのを待っていました。やがて料理が出揃い、三人でいただきますをしてから、ぼくは緊張してアジの開きをつつき始めました。父さんはその間も、ずっとぶつぶつ文句を言ったり、椅子にのぼってきた猫を新聞で叩いたり、テレビを見てはひとりで怒鳴り散らしたりしていました。
しばらくすると、ぼくは突然父さんに怒られました。
「おい!おまえアジばっかり食ってんじゃないよ!」
確かにぼくはただアジばっかりつついて、味噌汁にもごはんにも全く手をつけていませんでした。ぼくはあわててごはんをかきこみました。父さんは黙ったまましばらくじっとにらんでいましたが、やがてぶつぶつ言いながら、ぼくのことに関心を失ったようでした。ぼくはほっとしました。そしてやはりそこで記憶はなくなっています。
ぼくの父さんは二・二六事件があった年の七月に、とても貧しい家の長男として生まれました。ぼくが父さんの生まれた家のことを「とても貧しい家」としか形容できないのは、実際のところ、ぼくの祖父が何をやっていたのか父もほとんど知らなかったことによります。主な収入は、すし屋や料亭の看板の字を書いて得ていたということらしいのですが、それ以外はある日ふらあと家を出て数ヵ月後にいくらかの銭とともにふらあと帰ってくる、そんなフーテンの繰り返しのようでした。おかげで父は、学費を家にたよることができず、中学のころから新聞配達をして学費は自分で稼ぐようになりました。授業には半分もでれなかったといいます。その上さらに不幸なことに、父は生まれつき耳が不自由というハンディキャップを背負っていました。とくに高音に関してはかなり重度の難聴で、携帯電話の着信音のようなかなり大きめの音もまるで聞こえないとのでした。そんな調子ですから、たまに出れたとしても授業の内容はほとんど聞こえません。中学の成績は散々でしたが、それでも父は死ぬ気で勉強をしました。やがて見かねた先生が、父さんを家に呼び、直接勉強を教えるようになりました。すると成績は見る見る間に伸び、あっという間にクラスで一、二を争うようになりました。父は得意の絵の技量を生かして、早稲田大学の建築設計科に進学を決めました。
このころから激烈な性格は更に拍車をかけ、友人たちから父は「瞬間湯沸かし器」というあだ名で呼ばれるようになりました。もう七十になるのだけれども、この性格はまるで変わる様子がありません。
思うに父がいつも怒鳴り散らしていたのは、耳が聞こえないゆえの恐怖感や、人が話していることを理解できない、仲間に入れない悲しみや理不尽さ、やりきれなさを力づくでなぎ払おうとしていたのだと思います。父は生まれてからずっと、その苦痛をひとりで背負って生きてきたのでしょう。その上父の青春時代は激動の時代でしたから、父は生きていくために強くなるしかなかったのだと思います。けれども子供だったぼくはまるでそのことを理解せずに、父の怒鳴り声を心から憎みました。父の叫びは、父の防衛本能だったにちがいないのですが、そのころのぼくにとっては、恐怖と崇拝の対象でしかなかったんです。
その後父は外資系貿易会社の社長秘書と結婚し、母はひとりだけ子供を生みました。
父はいつだってえばり散らしているくせに、その割りにとても弱いところがありました。風邪をひいたりするともうだめで、ぱたりと倒れこんでしまい、「もう俺はだめだ、俺はもう死ぬ」とうわごとのように繰り返すのです。結局父は、どれだけ怒鳴り散らしても母さんがいなければ何もできないのでした。「おれはもうだめだ、」そう言うときに父は自分の人生のことを一体どんな風に思っていたのでしょうか。どれだけ勉強をしたくてもどうしても時間をつくれなかった少年時代、耳が聞こえなくて、どれだけ叫んでもだれもこっちを向いてくれなくて、世界からたったひとりで取り残されて、それでも必死の苦学の末に、早稲田でも主席で卒業した父さん。父さんにとって建築とは何なのでしょう。父さんは建築をしている限り無敵でした。この、無敵感。だけどその無敵感の裏には、いつでもあの貧乏と仲間はずれの世界が、うすっぺらなシールのように、ぺったりと張り付いていたのかもしれません。
それにしても、あの激烈な性格。父さんの怒鳴ったときの迫力といったら、それはそれはすごかった。父さんの怒鳴り声に、ぼくは心底おびえていました。あまりの剣幕に、一度近所のひとに通報されたことがあるくらいです。それは確か、お味噌汁の具にレタスが入っていたかどうか程度のことだったんだけれども、よりによって父さんの怒り方はものすごくて、あとで聞いたら、本当に殺し合いが行われているんじゃないかと思って、通報してしまったとのことでした。警察が来たときには、ぼくは部屋の隅でわんわん泣いていたものだから、父さんは警察に連行されていってしまいました。(二三時間すると、しょぼくれた調子で帰ってきました。)
そうは言っても、ぼくは父さんのことを決して嫌いなわけではありませんでした。夜ごはんを食べて晩酌をするときまって父さんは上機嫌で、そんなときはぼくに宇宙の仕組みやこの世界のこと、人間のこと、哲学のことなど饒舌に話してくれるのでした。そんなときの父さんの目は本当に少年のようにきらきらしていて、ぼくはそんな父さんが大好きでした。父さんがもっとたくさん話してくれるように、ぼくは一所懸命に相槌を打ちました。本当に話をわかっていたかといえばわかりません。でも、そうやってぼくに話をしてくれる父さんが好きだったのです。
ある日母さんが風邪で床に臥してしまって、ぼくは父さんとふたりで買い物に行くことになりました。ぼくは父さんといっしょに買い物に行くのがたまらなく嫌でした。なぜなら父が、店の中だろうがなんだろうが平気で怒鳴るからです。ぼくがおもちゃやお菓子に気を取られて立ち止まったりすると、大声で「早く来い」と怒鳴る。みんながぼくに注目する。もちろん父は、ただ単にぼくを呼んでいるだけで、怒ってはいないのです。けれどもあんなにでかい怒鳴り声を出されたら、だれだって父親が悪いことをした子供をしかっていると理解するでしょう。ぼくはすごく恥ずかしかった。うつむいたまま、ささっと父さんの足元によった。すると父は満足げな様子でまた普通に歩きだすのです。
その日も、案の定父は店員さんにも平気で怒鳴り声をあげました。牛乳はどこだ!タイムサービスはまだか!なんでリンスにコンディショナーなんて書くんだ!もちろん父は怒ってはいないのです。自分は丁寧に店員さんに質問しているつもりなのです。はは、どうです、笑えるでしょう?いくらなんでも「タイムサービスはまだか、」って。そう、たくさんの人が父さんをみてクスクス笑いました。耳が聞こえていない父さんは、そんなことまるで気づきもしませんでした。でも耳が聞こえるぼくは父さんの横で、ずっと恥辱にたえていました。
普通のひとだったら、牛乳がみつからなかったら、多少は自分で見つける努力をします。そんなことで忙しいだろう店員さんに迷惑をかけるのも悪いし、それに人に声をかけるという作業自体が、なんだかおっくうだからです。話すこと自体が面倒くさいではありませんか。人によっては、人に声をかけること自体が非常に恥ずかしいと考えるでしょう。もし自分の方が間違っていたらどうしよう。もし自分が見逃しているだけで、誰にでも分かるところに牛乳があったらどうしよう。恥をかくだけだ。恥をかくくらいならば自分で歩き回ったほうがいい。日本人は、自分から進んで挙手することが苦手な民族です。よっぽど自分の意見に自身がなければ、手をあげることはない。ところがぼくの父さんは、その聞こえない耳と、生まれもった激烈な性格のおかげで根拠も自信もまるでなくても、次々に質問をしに挙手をしてしまうような人物でした。
ぼくもまた父さんのおかげで、授業中は自分から手をあげる子供でした。それから朝には大きな声で、みんなに挨拶する子供でした。こういう子供は、先生には好かれること(便利がられること)も少なくないようです。
しかしながら現実の世界は必ずしもそうとはいえません。ぼくは大きな声で挨拶をする度に、周りから呆れ顔で見られているということに気づきました。
率直な感想ですが、この国では、多くの場合大きな声で挨拶をするやつは仲間内から追い出されるのではないかと思います。小学校では朝一番で登校したぼくが大きな声で挨拶をしても、みんな変な顔をして、誰一人返事を返すやつはいませんでした。ぼくは不思議に思いました。家では朝起きると、父さんも母さんも大きな声で元気におはよう、といったものだったからです。ぼくは素直によくわからなかったものだから、先生に「なんでみんな挨拶をしないのですか?」と聞いてみました。先生は驚いて、次の週から小学校あげての挨拶運動が始まりました。思えばそのころから、ぼくのうわばきはなくなるようになりました。
中学校にはいるころには、ぼくはできるだけ小さな声で、できるだけ挨拶をしないですますようになりました。それから、授業中はどんなに得意な問題でも、手をあげるのを我慢するようになりました。それから、いつもできるだけつまらなそうに、ポケットに手をつっこんで、まるで勉強なんてさっぱりわからないような顔をして、窓の外ばかりみているようになりました。結局これが一番、ウケがいいのです。本当は先生の言っていることはおもしろくて仕方がありませんでした。ぼくは本当は聞きたいことがたくさんありました。「先生、ぼくは平家ばかりが悪いとは思いません」「先生、じゃあもし二酸化炭素がなかったら、どうなってしまうのですか」「先生、数学なんて勉強して何になるの」先生、先生、口には絶対だせない、先生に教わりたいたくさんのことが、頭の中をぐるぐるして、なにがなんだかわけがわからなくて苦しくてじれったくて仕方がない日々でした。
現実の世界と父さんが教えてくれたもうひとつの世界とが、ぼくの中でお互いを否定しあっていました。ぼくには何がなんだか、大きな声で挨拶すべきなんだかしないべきなんだか、したい質問があったらすべきなんだかしないべきなんだか、まわりに合わせることはいいことなんだか悪いことなんだか、そして、本当のぼくって父さん風にやることなのかみんな風にやることなのか、そんなことばかり考えてしまってとても勉強どころではありませんでした。おかげで成績はいつも下の下。貧乏と耳が聞こえなくて勉強ができなかった父さんとは比べる瀬もありません。ぼくは深く恥じ入りました。
そういえば一度、ぼくは父さんにひどいことを言ったことがありました。「父さんといると恥ずかしい。」って。父さんはがはははは、と豪快に笑って見せましたが、その一瞬、とても寂しげな表情を見せたのです。
ぼくはあの父さんの顔が忘れられない。死ぬまで誰にも、ぼくにすら理解されない父さん。ああ、なんてかわいそう。
こんな父に育てられた結果か、ぼくはいつでも何かにビクついるような人間でした。父さんに、友達に、先生に、女の子に。ぼくは悪さと言うことを、小さいときからほとんどできた試しがありませんでした。落書きもできない、万引きもできない、学校もさぼれない、子供料金で電車に乗れない、落ちてた財布を拾って自分のものにできない、宿題をやってこずに適当なことを言ってごまかすことができない、、これらはすべて、ぼくが悪いことを一切しないような極め付きに善なる心をもっていたからがゆえのことではありません。これらはすべて、ぼくが極度の臆病者だったことによるものの結果でした。ぼくの一番苦手なこと?女の子。女の子と、ああいうことをすることほど苦手なことはありません。例えば女の子の部屋にあがる、ふたりきりでいい感じになる、タイミングを見極めてキスをする、お互いぼうっとする感じになったら優しく胸に手をあてて、、、ぼくには到底そんなことはできそうにありませんでした。だって、胸に手をあてようとして、「いや」なんて言われた日にはぼくはどうしたらいいでしょう。ああぼくにはあなた方が呆れ顔で「そんなの形だけだから、とりあえず押し倒しとけよ」と言っているのがほとんど目に浮かぶようです。しかしながらそれに関してはぼくはそんなこと恐ろしくて出来やしないというほかありません。いやなのです。怖いのです。拒否されたらどうしよう。きっとぼくは女の子に拒否されたら、絶望と苦しみのあまり彼女の部屋の窓から身投げするかもしれません。それでジ・エンド。だって世界から拒絶されたら、人間はもう自殺するほかないではありませんか。
それでもどうしてもふと人恋しくてたまらなくなることがあるのです。これは人間の本能だから、もう仕方のないことです。それで高校生のとき、必死でお小遣いをためて初めて女性を買いました。それはぼくにとって本当に幸せな瞬間でした。まるで神の国が、そのままぼくのもとにやってきたかというような思いでした。自分と世界がひとつになり、心と身体がひとつになり、いかなる罪も苦しみもなく、永遠に生きられるということはこのことかと思いました。その瞬間、ぼくは本当に救われたのです。それはたった三十分に一万円という高校生にとってとてつもない大金を払う代償としてでも、十分におつりのくるものだったのです。けれども一方で、行為が終わって呆然としているとき、ぼくの頭にこの考えがふと浮かびました。「この遊びは到底長続きしえない」。だってそんなお金、どっからもってくるというのですか?人が恐ろしくて盗みもできないぼくが、どこからそんな大金をもってくるというのですか?その考えに取り付かれると、途端にぼくの頭からはその問題がぐるぐると回りはじめ、他のことを一切思い浮かぶことができなくなってしまうのでした。[ついさっきまで味わった至福の瞬間。でもあの瞬間は、もう二度とやってこない。少なくとも、正当な方法でお金を貯めた結果としては、最低あと二ヶ月間はやってこない。]そう考えると、もうつらくてつらくて、ぼくは誰でもいいから抱きしめたくて、涙がとめどなくながれてくるのですが、どうすることもできないのです。だって突然道端の高校生が抱きついてきたら、だれだってびっくりするでしょう。それどころか通報するでしょう。ぼくは翌日から犯罪者です。父さんにも先生にもめちゃくちゃに叱られることでしょう。ぼくにできることは単に泣くことだけでした。いえ、それすら満足にすることはできないのです。だって、道端で誰かが泣いてたら、みんなびっくりするでしょう。きっと変な目でみるにちがいありません。それでぼくは人目を忍んで嗚咽をかみ殺し、下をずっとうつむきながら歩いたのです。ぼくの初めて女の人を買った日は、悲しみと苦しみにまみれ、ずっと泣きはらしていたのでした。
ところが、そんなぼくの目の前に、驚くべき光景がとびこんできたんです。駅前で数人の若者たちが「FREE HUG(抱きつき無料)」という札を掲げて突っ立っていたのでした。ぼくはびっくりしました。そうしてすごく嬉しく思いました。彼らにぜひとも抱きついて、少しなりとも慰めてもらおうと思いました。
でも、だめなのです。ぼくの頭の中に、あのぐるぐる回る恐ろしい悪魔の考えがまた現れてしまったのです。もしも、もしもだ、彼らだって人間的な好みがあるのだろうし、たとえ好きでやってるとしてもだ、ぼくに抱きつかれることは嫌だと思っているなら?自分で言うのもなんですが、ぼくはそんなに見てくれも悪くないはずです。清潔感のある格好もつねに心がけていたし、顔だってそんなに悪くはないはずでした。でも、ぼくには動きがぎこちないところがあるのです。ぼくはみんなのように自然に動くことができないところがありました。どうしてもスムーズでない動きになってしまって、自分でそのことを知っているから余計に動きがおかしくなってしまうのです。例えば椅子ひとつこしかけるとしても、スマートにことをこなせる連中ならまず、尻を席の先っちょに、ほとんどよっかかるかなにかのように浅あく腰掛けるのに、ぼくときたら少しでも油断するとつい深く腰をかけてその上ピンと背筋を伸ばしてしまって、格好悪いたらありゃしないのです。きっとぼくのそんな座り方をみたらやつらは「何をそんなに気取ってるんだい」といって大笑いしたに違いないでしょう。スマートに椅子に座るには出来るだけ、けだるそうに、つまらなそうに浅く座ることが必要でした。けれどもぼくときたら何をやるにしても必死な感じで、滑稽もここにきわまれり、といった感じなのです。
そんな動きをするぼくは、周りからみたら間違いなく「変なやつ」のはずでした。だれだって「変なやつ」に抱きつかれるのは、そんなにいい気がするはずもありません。そう考えると、ぼくはもう彼らに抱きつくなんてことは到底恐ろしくてできそうにありませんでした。それでもぼくは勇気をふりしぼり、彼らのほうへと足を向けたのです。
ああ、ぼくは臆病者です。この世界でもっとも最低で醜悪な、臆病者なのです。そう、ぼくは内心彼らと抱きしめあい、涙を流して分かち合いたいと願っていながら、その実全く無表情で、本当になにごともなかったのかのように彼らの前を通り過ぎてしまったのです!ああ、この意気地なし。本当にぼくなんて死んだ方がいいに違いがありません。しかも、しかもです、ぼくはそれでいて諦めすらつけることができず、結局彼らの前をそのあと五回も通り過ぎたんです。もし、何か奇跡のようなことが起こって彼らのひとりが「お兄さん、よかったらハグしませんか」といってくれることを期待して、まるでハイエナのような畢竟卑しい、全く実に卑しい心で、その上ぼくはもし彼らが声をかけてくれたとしても、全く動揺する表情もみせずに、「いいえ間に合ってます」などと答えて颯爽とその場を去っていた可能性すらあるのですから!一体だれがそんな卑しい心の持ち主とハグをしてくれるというのでしょうか。ぼくは絶望しました。それでもぼくは誰かと抱き合いたいのです。本当にだれでもいいのです。ぼくを受け入れてくれる人ならば、俗な連中が話すこだわりや好みなんてものにはぼくはこれっぽっちも関心がないのです。意気地なし。触れたい、抱きしめたい、キスがしたい、セックスがしたい、でも意気地なし。
だめです。ぼくは本当にだめです。
「そりゃあおまえいくらなんでも卑屈すぎるよ。だっておまえ、ぶくぶく太っていつもはぁはぁ言ってるニキビ面ってわけじゃないし、清潔感もあって、ちゃんとした紳士なんだろう?おまえは他人のこと、、、、とりわけ女のことをえらく自分より上のものとでも考えているようだが、そんなことこれっぽっちもなくって、女なんてのは男以上に卑屈で、自分に価値がないと思ってるものなんだよ。そう、ちょうどおまえと同じようなもので、」
そう、そういう考えが決してわからないわけでもないのです。そこまで想像することができても、それでもやっぱりぼくは始終びくびくしていることをやめられないのです。だって相手のことなんて、どうしてわかることができるというのです?どうして本気で拒絶してるわけではないなんて、断言できるのでしょう。きっとぼくなんかは、女の子とどれだけいい感じになっても、セックスする直前に相手に「セックスしていいですか?」なんて間抜け面で聞くんだろう。それで女の子に「はぁ?」なんていわれて、全部ぶち壊しになるに違いないのです。
死ね!死んでしまえ!花子の憎悪と悪夢とともに!おまえなんか永遠にこの世界から消え去ってしまえ!
そう、人間は決してこの罪と憎悪からは許されない。人に受け入れられることなんて、奇跡でも起こらない限りありえあるわけがないのだ!それでどうする?涙ながらに「さみしいよう」なんて手当たり次第にメールしてみるか?美人の知り合いなら何人だっている、彼女たちがぼくを救ってくれるか?お情けでセックスでもさせてくれるっていうのか?あっはははははははははははは本当にぼくは今笑いが止まらない。実に愉快だ!愉快だよ花子!!!彼女たちが、彼女たちが!ぼくの罪をゆるしてくれるんだっていうんだ!彼女が!花子をか!花子の罪をぬぐうというのか!すべて許すというのか!
なあにここに書いてることなんて全部冗談さ。どうせ明日になったら綺麗に全部消してるよ。恥ずかしくってたまらないものねえこんなもの。お酒の力も借りないと一言すら自分の言葉もかけない人形が、よくもよくもまあこんなにでかい顔してみんなの前で笑顔でさわやかに!そう、こんなにもさわやかに!こんなにも大きな罪を背負いながら!!!!!
「おはようございますー!悲鳴のガンディっす!今日はどうぞよろしくおねがいしまっす!みんな大好きっす!大好きっす!愛してるッス!もう超がんばるっすよ!!ラブ。みんな愛してるよ!」
ラブ。よくぞいえたものだその言葉ラブ。ラブ。よっぽどのバカかよっぽど苦しみぬいた人間でなければいえない言葉だろうよラーヴ。おれはもうこの言葉を見ただけで涙がじゃあじゃあ止まらないんだよ。
人はもっとわけへだけなく音楽をきくべきだもっとわけへだてなく文学をよむべきだという 「偏見なく色んな人の音楽や文学を読むべきだよ」
けれど花子は!花子はどうなるんだ!そこで彼が、素晴らしい音楽をかなでて聞かせるメロディーや、すばらしい文章で人を酔わせたとして、そうしてなんだか幸福な、救われた気分がしたとしてだ、花子は!花子はどうなるんだ!ぼくは花子のことを思ったら!絶対に音楽なんてきけやしないんだ!ライブハウスに人の音楽を聞きに行くなんて!クラブで大音量のダンスミュージックに酔うなんて!花子はそれすらかなわなかったんだぞ、あの子は、あの子は誰にも認められず許されずにただひとりひっそりと、黙って生きて死んでいったんだくああ!誰が彼女のことを一瞬でも忘れる権利があるというのだ、ああ!
ああみんな今頃大笑いしていることだろう、それどころか、ここまで読み進むなんてこともなく、あっというまに他のページにうつっていってしまっているにちがいない!ぼくが道化のふりをして!人の気を引こうとしているって!そう!そうだよどうせぼくはこれをネタに!花子をネタに!みんなの気をひいてぼくはなんて立派な人かと大いに主張して大喜びしてあわよくば綺麗な女の子から信頼を勝ち得ようとかそんなことばっかり考えているに違いないんだ、そう、罪にまみれた絶対に天国にいけない人間さ。だけど冗談じゃなくいま、涙でもう全然ディスプレイが見えないんだよだれかさみしいっていうんじゃない、ぼくなんていいから、本当にぼくなんて地獄にでも太陽にでもなんでも飛び込むから花子を!頼む花子を!
どうかその輪の中にいれてやってほしいんだよ。彼女はみんなといっしょに縄跳びをしたいだけなんだよ。どうして?どうしてたったそれだけのことがかなわない!?みんな一瞬だけでも、彼女をみてやるだけですむことじゃないか、彼女が一体なにをしたっていうんだ、彼女はただ、ただみんなと笑いながら縄跳びをすることを望んだだけじゃないか!
ぼくは天国なんてきらいだ。絶対に天国なんていってやんない。頼まれてもいってやんない。なぜならぼくが本質的に君を憎んでいるからだ。心の底から欲して、望んでいても、絶対に許さない。許されない。ぼくがこの世界と引き換えに地獄におちて、それからみんな泣いて悔い入れ。
それでもぼくは花子を断罪したおまえを、絶対に許さない。絶対に。
さあみんなで大いに福音をすればいい。ぼくは迫害された者とともに約束の地へと帰ろう。約束の地に。花子を葬る、その瞬間に。