2009年10月29日木曜日

RE:TAKE


真に渇きたる者のために

絶望を忘れた者のために

愛を知らぬ者に

愛を壊す者に



未だ日本人ではない日本人に

僕の思想を託す


2009年6月2日火曜日

黒い自由


シンガポール人華僑のイェンおじさんは、いつも突然ふらふらと我が家に出入りしては哲学や政治の談義をして、ときどき飴玉をくれ、朝方ふらりと帰っていったものだった。


ぼくの父は早稲田で建築を学んでいた頃、華僑らの住むアパートに転がり込んで暮らしていたらしい。耳が聞こえない父にはデカイ声で話す中国人との生活が居心地がいいのだ。なにより親父にとって嬉しいのは、彼らは気を使わなかったということだ。いったいどれくらい気を使わないのかと言うと、このアパートの家賃を誰が払っているのかわからないくらいである。金があるやつが払う、ないやつは払わない、それが彼らの流儀だった。(※こういう中国人が、共産主義を選択したというのはすこぶる興味深い話である。日本人に共産主義は無理だ。日本人は気を遣いすぎる。)

日本人は無意識のうちに、相手に自分と同等の気遣いを求めるが、実は耳の聞こえない人間にとってこれはかなり困難な要求である。気遣いは世界一細やかな感性を持ち、空気を読むことに長けた日本人だからこそできる芸当なのだ。親父は華僑のほうが、日本人とよりもずっと気が合った。理由は単純で、障害者である父が、中国人とならば健常者と同じように話せたからだ。それに、同類を愛する日本人と生活するには、親父はいくらか個性が強すぎたし、また、当時の最底辺の生活、まさに貧乏のどん底のような生活が、普通の日本人といっしょに学生アパートに住むことを難しくしていた、ということも理由のひとつなのかもしれない。なにはともあれ父は、素性のしれない中国人華僑たちとひとつ屋根の下で大学の四年間を過ごすことになったのだ。

しかし共同生活を始めると、中国人はすぐに親父に迷惑をかけはじめる。料理洗濯、掃除……なにより酷かったのは論文の提出だ。連中は日本語が苦手なことにかまけて、翻訳しろ翻訳しろと、すぐ親父にたよってくる。親父もつっぱねればいいのだが、つい中国人のあの大袈裟な態度に折れて、親身になって助けてしまう。すると今度は翻訳じゃなくて、論文そのものをかけという。これが中国人である。結局親父と同期の早稲田大学中国人留学生の卒業論文は、ほとんど親父が書いたものになってしまった。

なかでもひどかったのがイェンという男で、親父に論文をかかせて、二階に女を連れ込んでいる。そうして、コトが終わると下着姿の女と降りてきて、「おう、悪いな山田、」とやるのである。

これが先ほど話にでたイェンおじさんだ。シンガポール随一の国営企業の御曹司であると同時に、その膨大な財産をたったひとりで全部食いつぶした。そうして無一文になって、去年だったか、一昨年だったか、カナダでひとり死んだ。なぜカナダかと言うと、極端に不精癖なイェンおじさんは、日本政府にも、シンガポール政府にも、出せば簡単に取れたはずの永住権申請を面倒がってしなかったからだ。「政府なんて関係あるか。他人なんて関係あるか。」そう言っていたイェンおじさんは、日本にも中国にもシンガポールにも見放され、全ての財産を失い、カナダでひとり、孤独に死んだ。

「ふん、ロクでもないやつだよ」酔っ払うと親父はよくイェンおじさんの話をした。ああいう男にはなってはいけない。ああいう男になれば不幸だ。親父は熱っぽくイェンおじさんの悪口をいった。そうして、しまいにはあんな男生きている価値すらないというのだ。そのくせ、ぼくから見れば、イェンおじさんは親父のほとんど唯ひとりの友達に違いなかった。それにどうして本当に嫌いだったら、どんなに忙しいときでもふらりとやってきたイェンおじさんを泊めて、酒杯を交わそうとするのだろう。イェンおじさんはリーカンユーのパーティで毎晩一本ウン万もするようなシャンパンを飲んでいたときも、全てを失って、財産はあの小さな毛糸の帽子ひとつだけになったときも、変わらず思い出したようにふらりと我が家にやってきた。そうして親父とムツカしい思想や政治の話をしては、気づくとスースー眠っていた。朝起きると大抵おじさんの姿はなく、毛沢東のようなひどい癖字で、辛うじて読める「また来る」との書置きだけがあった。

耳の聞こえず、日本人のうちに入り込めない親父と、徹底して自分のことしか興味のないイェンおじさん。不具者の運命は因縁のように絡み合う。親父はイェンおじさんを軽蔑したが、しかし親父の強烈過ぎる個性に口出しをしないのはイェンおじさんくらいなものだった。イェンおじさんは親父に興味をもたなかったが、けれども彼の破天荒な生き方に一切文句をつけず、放っておいたのは、親父くらいなものだったのかもしれない。

彼らは互いの人生に関心を持たず、時に憎悪すらしていたが、互いの自由だけはわかりあっていた。日本中どこへ行っても説教をされそうな勝手な人生を歩んでいる二人だったが、それゆえにこの二人が酒を飲み交わすときには、そのようなことは一切口にしなかったのだ。
事実親父は、イェンおじさんが全財産を失い、世界中から見放されていくのを目の当たりにしても、絶対に何も言わなかった。「おまえ、しっかりしろよ」とか、「きちんとやれ」とか、友人として言うべきといわれているようなことは、一切言わなかった。そうして、我が家の扉を閉ざすことも決してなかったのである。


親父はわかっていたのだろう。誰が何を忠告しようとも、イェンおじさんはそういう人生を歩んだに違いないのだということを。自分がどこに行っても不自由であるがゆえに、イェンおじさんの不自由もわかりすぎていたのである。運命、それはちょうど不自由な自由といったようなものだ。人間は重すぎる十字架のような過去を背負っているから、ちょっとやそっとで人生を変えることなんてできやしないのだ(誰かができるというのなら、それは彼がよっぽど軽い人生を歩んできた証拠である)。人は神に自由を与えられたが、おかげさまで互いをまるっきり分かり合えない存在になってしまった。


イェンおじさんの訃報をきいたときの、親父の顔をよく覚えている。笑いとも泣きともつかない、あの苦虫を噛み潰したような顔。「人は人に、何も言うことはできない……だけどなあ、とうとう死んだか。」外は見渡す限りの、果て無き真っ黒な自由。邪魔するものは何一つとしてない。君もぼくも、この世界に、永遠に一人ぼっちだ。


2009年3月1日日曜日

泥棒

無機質な蛍光灯が、ちりちりと音をたてる部屋に男が二人座っている。ひとりは警察官。もうひとりは線の細い、いやに白い男。


「たかがパンひとつ、ここまでねばるとは思わなかったがね。」

「たかがパンひとつ、そう思うならもういいじゃないですかね。」

「そうはいかない、パンひとつでも盗みは盗み、事情を聞くのが俺の仕事だ。」

「そうだ、たかがパンひとつでも盗みは盗み。おれは確かにやってのけたのだ。」

「やってのけたと言ったな。初犯か。」

「そうだ。これが始まりなのだ。」

「始まりか。いったい何が始まるというのだ。」

「人生さ。」

「終わりの間違えじゃないのか。」

「いいや、確かに始まったんだ。刑事さん、あんたは人生を始めてすらいないんだぞ。」

「どこの刑事が万引きの聴取なんてするもんか。おれはヒラ巡査だ。」


立ち上がった巡査が窓の外を見る。激しい雨で、滲んだ信号の光がガラスに映る。しばし動かず。やがてブラインドを閉じる。男が口を開く。


「巡査は、給料はいいのか。」

「なんだ、巡査になりたいのか。」


男、だまって笑っている。


「普通だよ。サラリーマンさ。」

「なんのために働く。」

「家族のためさ。」

「子供がいるのか。」

「そうだ。子がパンを盗まぬように、おれが働くのだ。」

「金があっても盗みはするぞ。金があるからおれは盗んだのだ。」


しばし無言。

降りしきる雨の音の中、ゆっくりと男が話し始める。巡査、調書に書き取りを始める。


「働いてお金をもらう、そんな当たり前のことがどうしても嫌で仕方がないのだ。こんなことを言えば、人は腹をかかえて笑うだろう。笑ってくれてかまわない。それでもやっぱり、働いて金をもらうというのは、どうしても嫌な気持ちがするのだ。
おれは生まれて初めて人からうん十万の給料というものをもらい、なんだか頭を金槌で殴られたような気がしたよ。だいたい、こんなに金をもらって、いったい何をするというのだ。月曜から金曜まで、奴隷のように働いて、その見返りがこれか。この金を、土日で馬鹿みたいに使って、そうしてまた奴隷に戻れということか。

給料をもらってすぐ、同僚が、遊びに行こうとおれを誘った。土曜の街をぶらつきながら、阿呆みたいに服を買い、クッションを買い、グラスを買い、漫画を買い、インテリアを買う。同じようにしろというから、彼を習っておれも阿呆のように金を使った。そうして、一日の締めとして、女と遊ぼうという。『風俗か。』『ばかめ、女は街でつかまえるんだ。』そう言うが早いか、彼はもう二人組みの女に声をかけていた。

女におごってやり、いい気分にさせる。頬を赤くそめて、ネコのようになった女たちを尻目に、同僚がおれに囁く。 『女なんてのはな、一杯おごってやればまず誰でもやれるんだよ。』女たちは嬉しそうにきゃっきゃと騒ぎまわっている。『こないだね、私渋谷でマキシマムザホルモンとすれちがったんだよ』『えー!ほんとほんと!?いいなぁー!』彼もすかさず話題に滑り込む。『マジ!?それチョーヤバくね?りょっくん超すきなんだけど』

吉祥寺のホテル街を、男女四人で歩く。 『歩けなぁい』『ねーむーいー』女がしなをつくり、おれに寄りかかってくる。同僚の無遠慮な笑い声が、夜の街に響く。 

『な、こいつ面白いだろ?』
『うんー、私この人のことちょっと好きになっちゃったかもー、うふー』
『うは、ゆみ惚れやすすぎでしょ』
『ちょっとちょっとおまえきたんじゃねーのコレ?』 

同僚が肩をバンバンと叩く。おれは何を思ってたかって?気持ち悪くて仕方ないんだよ。少しおごっただけで簡単に股を開くクソ女ども。汚くて絶対にさわられたくないのに、女は酔ってなおさらしなだれかかってくる。

イライライライラと唇をかみながら、下をうつむいて歩く。


しかしおれは悟ったね。なるほど世の中というのは、そういう風にできていたのか。月曜から金曜まで、奴隷のように働くと、土曜と日曜に、甘くて美味しいお菓子が待っている。そいつを舐めたらまた月曜から奴隷の生活だ。金さえあれば、服も酒もマンガもゲームも、およそこの世界にあるものはなんだって買える。女の心だって買えるんだ。いったいこれは何のパロディなのだろうね。ぼくらはなんのために生きているんだろう。金があれば女とやれる、金がなければ女とやれない。ぼくの頭は憎悪と汚いものへの嫌悪感でいっぱいだ。5日奴隷になって、その対価として、2日酒と女がやってくる。で、酒と女をくれてやるから、きっちり奴隷になりなさいって言うのか。いったい誰がおれを奴隷にしてるんだ。金はなんのためにある?金は女を買うためじゃない。金はパンを買うためにあるのさ。

おれはいきなりぴたりと立ち止まって、びっくりした顔をしている女をつきとばした。そのまま一瞥もせずにバックれて、帰り道のコンビニでジャムパンを盗んでつかまり、そうして今ここにいるってわけさ。」


巡査、筆を止め腕を組み天井を仰ぐ。何かを考えている。


「はは、まだやっぱりよくわかんないみたいだな。いいかいおまわりさん、全部欺瞞なんだ。どいつもこいつもまったく嘘なんだ。あの女がおれを好いたのはなぜだ?おれが金をもっていたからか。おれが飯をおごったからか。毎日飯をおごってやれば、毎日やれるのか。そういうことを、結婚というのか。つまるところ、女って「もの」なのか?女ってのは男を奴隷にして死ぬまで働かせるために、この世界が造った愛玩人形なのか。そうしてその愛玩人形でオナニーをするためには、月曜から金曜まで、奴隷になるしかないってわけだ。この世界はおれたちに、「奴隷になったら、褒美に女をくれてやるぞ」と、そういう風にいってるんだ。世間の人々そんなことを指してやれ真実の愛だとか、やれ愛こそ全てだとか、欺瞞に満ちたことばかり言っている。おれはそんなもの願い下げだと、あのときはっきり思ったんだ。この世界の奴隷になったご褒美に、愛玩人形でオナニーするくらいだったら、真実の愛を求めて男と抱き合ったほうが百倍マシだろうってね。おれは人形を抱く趣味をもたない。おれは人間を好む。おれはパンのために働いたはずだった。そして同じ人間と、一緒に楽しく食いたかったんだ。それがなんだ。いつの間にかパンだけじゃ生活できないこの世界だ。誰のせいだ?誰がやってるんだ?おれにパンと、真実の愛をよこせ。綺麗な服も、うまい酒も、おもしろいインテリアも、愛玩人形も、文学も芸術も宗教も全部いらん。パンと、愛だけよこせ。なければ奪う。」


しばし無言。男、目がらんらんとしている。

巡査。


「しかしいくらおまえがいらんと言っても、女はおまえを好きになるぞ。おまえが嫌悪する女は、そういうおまえを、真実の愛で包むだろう。それでもおまえはまるで気づかず、ずっと愛に飢えるんじゃないのか。盗んだパンに愛はあったか。おまえの心は砂漠のようだが、女の心は澄んだ水だ。何もない人形ではない。」

男、巡査の話に耳を傾けず、興奮さめやらぬ様子。

いつの間にか雨は上がっている。




巡査、取調べの調書に「飢えのため」と書き込む。





(幕)

2008年11月27日木曜日

食べて


女になりたい
女に生まれたかった
昼のうちに掃除をすませ
皿を洗い夕げをつくり
洗濯物を取り込んで
あの人の帰りを待つ
ベッドではたくさん愛してあげるの
綺麗な身体で
疲れた今日一日を
私が慰めてあげるの

誰かの愛人になりたい
売春婦もいい
真っ赤なドレスを着て
シャネルの香水をつける
私はいるだけで
私を必要とする
身体があるだけで
私は必要される
絶望的なほど
人の目が欲しい
燃え上がるビロードよう
火がつくように欲望して
貴方のお好きなままに
泡のあふれたバスタブで
震える指先で月を蹴る
好きなだけ楽しんだら
捨てるように帰って

私は思った
私は何も欲しくない
みんなが私を欲しがれば
私は何も欲しくない

愛なんて知らない
貴方なんて知らない
私しかいらない

蟻のように働く時間があったら
蝶のように化粧をしていたい

蟻に食べられてしまうために

私なんて何百の蟻に
黒々とした鉄のようにたかられて
もがれ、焼かれて

いなくなってしまえばいいのに






2008年11月11日火曜日

死なないルーシー


私はアンドロイド。 23世紀のロシアで踊り子を務めている
私は月に一度のメンテナンスで半永久的に稼動することが出来る。 

死ぬことはない。
眠ることもない。 

その代償として、自分が本当に起きているのか、生きているのかもよくわからない。 
もっとも、ロボットが生きているかどうかを気にするなんて妙な話だ。 

それでも愛する人はいる。 
劇場の下働きの老人、イワンだ。 
イワンは月に一度、満月の夜、私を裸にしてメンテナンスをする。
油圧を下げ、しわだらけの手で、シリコンからにじんだオイルを丁寧に拭く。 
もうこんなことがかれこれ8年も続いている。 


私に見える世界は、現実と幻がごちゃごちゃだ。 
眠らないアンドロイドは起きながらにして夢を見るからだ。

時折、イワンと踊る幻を見る。
どうしてこんな夢をみるのだろう。
ポールに映る自分の姿はひどく歪んでいる。

劇場は、床も天井も全てが鏡ばり。
無限の私が、じっと私を見つめて、私の目を回す。
もう何が過去で、何が今なのかもわからなくなった。


ふと気づくと、イワンが身体を拭いている。
真っ白のつきひかりが、鉄格子の窓から差し込んでいる。

そうしてまた気を失った。









2008年10月30日木曜日

『東大を動物園にしろ』


三島の『東大を動物園にしろ』って文章が、とてもいいから、いくらか抜粋してメモ。


「ぼくは反革命なんだ、絶対に反革命で押し通すつもりだからね。見ておいでよ、いまに反革命が一番カッコよくなるから。反がつきゃ、なんでもカッコいいんだからいまファッションとして革命をえらんでいる連中、そのときになって先をこされたと口惜しがるだろうさ」

「だいたいいま革命だ革命だっていってる連中、命を懸けてないよ。新宿騒動のとき、ぼくは武器がどうエスカレートしているかを見に行ったんだ。エスカレートしてなかったね。竹槍すら出ていない。遠くから機動隊へ投石したり、電車のガラス割ったり、あんなことならおれにだってできる。あぶなくなったら逃げちまえばいいんだからね。何が革命だという感じだな。一種の自己欺瞞だよ。(中略)

命を賭けるなら一生に一度という古い考えがあるけれども、彼らのやってることと言えば、テントウムシの群のようにヘルメットの軍を集めてワイワイガヤガヤ、電車のガラスを割って『革命です、命賭けです』といったって誰が信じるものかね。革命は殺すか殺されるか、どちらかだよ。(中略)

要は度胸がねえんだよ。一人でやる度胸がねえんだ。」



「しかしきみ、革命っていうのは、今日よりも明日を優先させる考え方だろう。ぼくは未来とか明日とかいう考え、みんな嫌いなんだ。(中略)

未来社会を信ずるやつはみんなひとつの考えに陥る。未来のためなら現在の成熟は犠牲にしたっていい、いや、むしろそれが正義だ、という考えだ。(中略)

未来社会を信じないやつこそが今日の仕事をするんだよ。現在ただいましかないという生活をしているやつが何人いるか。現在ただいましかないというのが文化の本当の形で、そこにしか文化の最終的な形はないと思う。

小説家にとっては今日書く一行が、てめえの全身的表現だ。明日の朝、自分は死ぬかもしれない。その覚悟なくして、どうして今日書く一行に力がこもるかね。(中略)未来のための創造なんて、絶対に嘘だ。



三島のいうことには未来のイメージがないなんていわれる。
馬鹿言え、未来はおれに関係なくつくられてゆくさ。」





2008年10月8日水曜日

気が狂ってるか?狂ってるってどういうことか知ってるか?

なあおまえ、おまえはおれのことをキチガイだっていう。すぐに変態だとか頭がおかしいといっておれのやってることを賞賛する。そんなに変態がすきか。そんなにキチガイが嬉しいか。おまえには本当に、変態とか、頭がおかしいといわれる人種が、どういう人たちだかわかっているのか。変態が、格好いいとか、ロックスターだとかいう脳みそがタリン野郎はどこのどいつだ。おまえは、変態の何も見ていない。本当の変態がどんなものか何もわかっちゃいない。あたかも気が狂ったかのようにみせたり、変態のようにふるまった普通の人間を、なんだか流行かなにかのようにただ漫然と受け入れているだけだ。なあ、おまえ、そんなに変態だとか、キチガイが好きだって言うのなら、おまえに本物の変態がどういうものか教えてやるよ。おれの言うことは全部嘘さ。なぜかって?本当のことはゴミクズ同然で、これっぽっちも価値のないからだ。おれの本当なんて、本当にゴミクズほどの価値もないからだ。今、一度だけ本当のことを見せてやるよ。おまえは見なけりゃよかったと思うだろう。そうして作り物のキチガイで、興奮するままでよかったと思うだろう。しかしこれはおまえが望んだことじゃないか。どうだ、これがぼくの真実さ。勇気のあるやつだけが目をそむけるな。本当のことなんてこれっぽっちも価値がない。何もないのさ。何もない。本当のおまえなんてなにもない。本当のおれもなにもない。文学にもロックンロールにも何もない。おれが、今、一度だけ、本当のことを話してやる。おれという中心がこんなにくだらないものだったのかと、おまえは呆然とするだろう。変態とか、キチガイとか、頭がおかしいとか、そんなものおまえはわかったふりをしてるだけで



おめえには一生わかんねえよタコ

























ぼくは小学校のころ、いじめられっこでした。
幼稚園のころ、東京から静岡に引っ越してきて、いじめがはじまりました。一年生のころから、高学年になるまで、いじめはどんどんエスカレートし、教科書が捨てられたり、上履きはしょっちゅうなくなったし、机や持ち物は『バカ』や『くさい』、『(ぼくの名前)菌』など、ひどい落書きだらけでした。ぼくは最初、本当に悲しくていつも音楽室の前にある階段の下で隠れて泣いていました。

そのうち、ぼくはぼくをいじめる人たちを、なぜかだんだん崇拝するようになりました。多分そう思い込むしかなかったからなのだと思います。きっとあの人たちがぼくをいじめるのは、ぼくよりずっとえらいからなんだ、クラスメート全員、いや、みんなぼくよりずっと高貴で素晴らしい人に違いないんだと思うようになりました。そしてぼくは最低の蛆虫に違いないんだ、だからいじめられても仕方が無いんだと自分を納得させるようになりました。

高学年になるとぼくは、水泳の授業を仮病でよく休んで、女子更衣室に忍び込み、クラスの友達のパンツの匂いをかくようになりました。ぼくをいじめていた中心グループの子のパンツの匂いを初めてかいだときは本当に心臓が壊れるかとおもいました。あの、とても高貴な方のアソコの匂いを、蛆虫にも等しいぼくがかがせていただくだなんて、本当に恐れ多いことだと思いました。笑っちゃうような話ですが、そのときぼくはその子のパンツの匂いをかいで、ありがたさのあまりひとりで泣いてしまっていました。そして、排泄器官としてとらえるならばある意味人間の最も穢れた器官「性器」の汚れを、人間の最も清い飲食の器官、「くち」で嬉々として掃除している自分に、ものすごく興奮を覚えたんです。ぼくはクラスメートのパンツを舌で掃除しながら、漠然とクラスの女子全員の排泄器官としての性器を、くちで掃除したいなぁと思うようになりました。


そういう風に思うようになってから、ぼくが学校の女子トイレに侵入するようになるまで、大して時間はかかりませんでした。女子トイレに侵入すれば、思う存分にクラスメートたちが使った便器をなめて、女子の排泄物を口で掃除できるのです。運がいい日は、排泄物が流されてないまま放置されているのを発見することができました。そんなときは、こころから神様に感謝をして、全てを口ですすりとりました。大が放置されていることも似三度ありましたが、さすがにこれは一口しか食べれませんでした。せっかく女子の排泄物を食べることができるという大変ありがたいチャンスにもかかわらず、食べれなかったということが残してくれた女子に大変申し訳なかったと、ものすごく申し訳ない思いをしたのを覚えています。

この当時、ぼくには、朝はやく小学校にきて、女子トイレに侵入し、まずピンク色の便所サンダルの足があたる部分を綺麗になめ、つぎにサンダルの足の裏を綺麗に舌掃除し、次に洋式便器の便座の裏にこびりついた女子の尿をなめとり、便器の陶器のふちをなめ、次に和式便器のふちをなめとり、ゆかをなめ、おちてた陰毛を持ち主に感謝しながら食べ、最後に最も汚れている金隠しの裏の部分にこびりついた便器の黄ばみ、尿石を歯でこそげとって食べてから授業にでるのが日課になっていました。放課後には必ず下駄箱に行き、今日一日女子が履いた上履きの香りをできるかぎり全員分かぐようにしていました。(それは自分に課したノルマでした。)


このころになると、女子に対してはいじめられることがむしろ快感に感じられるようになり、学校に行くのも楽しくなってきていました。また、更衣室侵入も頻繁化し、(なぜバレなかったのか未だに不思議です、あるいはやはりばれていたのでしょうか)クラスの女子全員のパンツの匂いを一度はかいでおり、一部の女子のものは匂いと味だけで誰のパンツかを区別できるようにまでなっていました。(ちなみに、上履きはパンツよりはるかに誰のものかを判別するのは困難でした。)

それでも、やはりいじめはとてもつらいものだったので、ぼくは受験をして、東京の中学校に逃げることにしました。

東京の中学に入って、前ほどいじめられなくはなりましたが、ぼくの性癖は弱くなるどころかむしろ更に強くなりました。ただし、ぼくの入った東京の学校は男子校でした。そこで、ぼくは公衆トイレの女子便に侵入するようになりました。

とくにぼくのお気に入りの公衆トイレの女子便は、駅の女子便と駅ビルの、若者向け婦人服売り場の女子トイレでした。駅の女子便は、地元の駅の利用者はそんなに多くなくて侵入しやすく、本当に汚くて、とくに夏はものすごい悪臭を放っていたためお気に入りでした。また、駅ビルの女子便は、これもまた本館から少しはなれた場所にあって男子トイレの入口の真横が女子トイレの入口で、しかも入口が少し離れただけですぐに死角になるので大変侵入しやすく、しかもなぜかかなり利用のされ方も汚く、また、若い女性向けのフロアなので、若い女性ばかりが使用した便器をなめることができるという点でお気に入りでした。中学二年ごろまでぼくは女子トイレに何度も侵入しては便器をの汚れをなめとり、すぐドアの向こうで女子高生らしき声が談笑するのを聴きながらオナニーをして射精していました。なぜか見つかったことは一度もありませんでした。本当に不思議なことですが。。。

しかしながら、中三の最後あたりのころ、となりの個室のひとに怪しまれドアをどんどん叩かれるという大変やばい事件があり、それ以来急激に怖くなり女子トイレに侵入できなくなりました。しかしぼくにとって女子トイレで便器をなめるというのは、小学校からの日課ですから、本当に生活の一部になってしまっているし、簡単にやめられませんでした。それに、侵入しなくなって本当にびっくりしたことなのですが、1週間もすると、禁断症状のようなものがでてくるのです。本当に女子トイレのことしか考えることができなくなり、頭がくらくらする。小学校から日課のようにやってきたことですから、確かにそれもそうなのかもしれないのですが、どうやらぼくの身体がまるで排泄物を栄養素としてもとめているみたいなのです。ぼくの身体は、もうすでに女性の排泄物を最低1週間に一回は摂取しないと、体調がわるくなるほどになっていたのです。これはものすごくショックでしたが、同時に自分自身で、ものすごく興奮しました。もうぼくは一生女性の排泄物がないと生きていけない便所虫としていきていかなければならないんだと、ショックのあまり寝込みながら、狂ったようにオナニーをしていました。
そういえば、ぼくは普通の性欲の方も相当強いらしく、今でも休日は一日10回くらいはオナニーをしたりします。平日は3~4回で、よっぽどのことがない限り必ず
毎日しています。その点もぼくの異常さに拍車をかけていたのかもしれません。単にいじめられてマゾになったぐらいでは普通、ここまではならないように思います。


とにかく、簡単に女子トイレには侵入できなくなったので、そこでぼくは妥協案として男女共用便所をなめるようになりました。男性の排泄物をなめるのは本当にいやでしたが、禁断症状まで出ているのですから、本当に瀬に腹はかえられないという感じでした。できるだけ女性の尿があたる、洋式の手前のふちの部分のみをなめるようにしました。しかしそれは本当に嫌な気分のするものでした。

そこでぼくが発見したのが、女子トイレでよく見かけた汚物入れでした。汚物入れは、何が入っているのかは、なんとなく前々から察していましたが、ぼくの目当ては便器のよごれの方だし、とくにそこまで興味をもってはいませんでした。しかし今、女子トイレに入ることが出来ず純粋な女性の排泄物を楽しめなくなったぼくに、唯一手に入れることができる純粋な女性の塊は、使用済みの生理用品なのでした。そのことにきづいたぼくはすぐに汚物入れをあさり、使用済みのナプキンを開きました。中にはレバーのようになっただれのものかわからない女性の経血がどさっとついていて、ものすごい生臭さと、ずっしり重かったのをおぼえています。ぼくは興奮のあまり右手でオナニーをしつつ、必死で経血にむしゃぶりつきました。

それからというもの、ぼくは大喜びでコンビニやファーストフードの汚物入れをあさりまくりました。とくにファーストフードは、若い客が多いので、手に入れられる使用済み生理用品はぼくにとって大変上質なものでした。どこのどんな女性がつけていたのかわからない使用済みの生理用品をしゃぶり、匂うという最低の行為をしているという自覚に、ものすごく興奮させられました。ぼくはしばらくは使用済み生理用品に夢中になりました。色々な楽しみ方をしました、、お湯に2、3本タンポンを入れて真っ赤な経血ティーをつくって飲んだりもしました。(知らない女性三人の性器からでたカスを同時にミックスして飲んでいるのだから、ぼくにはものすごい贅沢です。)しかしやはりそのうち怖くなりました。世の中にはエイズや性病というものがあるのですから。便器をなめている分には腹を壊すだけですが、使用済み生理用品を舐めるのは命にかかわります。一時期の熱気がさめると、ぼくはすぐに誰のものかわからない場合は匂いをかぐだけにとどめるようになりました。

ぼくはまた、女性の排泄物を摂取することができなくなり、禁断症状がおそうようになりました。高校のころは、まるで禁煙でもするかのように、できるだけ回数を減らして女子トイレに忍び込む、共用便所をなめるようにする、使用済み生理用品のにおいだけにとどめておく、ということの繰り返しでした。


自分の性癖をかえるということも色々試みました。

例えば、身体中に卑猥な落書きをしてコートだけはおって綺麗な店員さんの本屋にいってみる、エロ本屋で700円で買ったローターを性器にガムテープで貼り付けて駅ビルの婦人服売り場をうろついてみる、綺麗な店員さんのいるコンビニでエロ本、こんにゃく、生理用品、コンドームをいっしょに買ってみる(そしてそのあとトイレをお借りしてオナニーをする)、アナルに色々つっこんでみる、知らない番号に電話をかけて女性がでたら自分の性癖を告白する(当時、PHSにかけると6割くらいの確立で女子高生らしき相手が電話をとった)など、、、


しかしやはり女子トイレの便器を超える興奮をえられるものは存在しなかったのでした。

実際この当時のぼくは女性の排泄物に相当飢えていました。友達と女子高の学園祭にいったときはふと友達とはぐれたタイミングで教室に入り、そこにあった黒ずんで汚れたゴミ箱(単なるゴミ箱です!汚物入れとかではありません!)をべろべろなめたりしていました。普段女子高生だけが使っているゴミ箱なら、ぜひともなめたいと思ったのです。そのときはゴミ箱の下にたまっていた、飲料や食べ物などがこぼれた生ゴミの汁も飲みほしました。

フラストレーションは溜まる一方でした。



ちなみに、ぼくは中高と男子校でしたが、おかげでめったに女性と話す機会がありませんでした。そのことが、ぼくの中で女性に対する神聖視をいっそう強めたのだと思います。もはやぼくにとって女性は神様と同等でした。

また、高校のころにはぼくはいじめられなくなっていました。身長も175センチ近くまで伸び、体格はスリムな方で、わりとおしゃれに気を使ったりして、また、音楽もギターをひいたりするようになっていたので、クラスではわりとそれなりの立場になっていました。
いじめで受けた心の傷は未だに消えませんし、未だにやつらを見返したい一心で毎日をがんばってるという側面はありますが、それにしても高校のころには、いじめのことはぼくのなかでは一応整理がついた問題でした。

そんな中で、ぼくは本当に半年に一回話すか話さないかの女性の相手の前ではちょっとクールなやつ、のような顔をしてものすごく格好をつけながら、一方ではこの女性にひれふして今すぐ顔を踏んでいただきたい、そして今までの日々の全てを告白してしまいたいと思うという日々を続けていました。

どうしても女性と話したかったぼくは、友達の合コンにつれていってもらったりしては、(と、いっても高校生同士の合コンですから、いっしょにカラオケいったりする程度なのですが、)かっこをつけていました。カラオケでは出来るだけクールそうに椅子にすわって足を組み、クールに吸えないタバコをふかす(今でも全然すえません。)、それで『あ、おれJ-POPとか全然わかんねぇから。』、というかんじです。そんなかんじですから、女の子のほうも声をかけづらいし、それにぼくは家の門限が早く、7時あたりには帰らなければならなくなり、結局合コンいつも、なんの進展もなくおわっていました。

そのうち合コンを主催していた友人達は、彼女をつくりはじめ、童貞をすてたものもちらほら出てくるようになり、ぼくはあせるようになりました。なんで彼らと同じようにしてるのに、おれだけ童貞なんだ?今から考えれば、セックスというのは、自分が一人の女性を愛した、ただの結果にしか過ぎないなんてことは完全にわかりきっていることなのですが、当時のぼくはまだ愛するということをまるで分かっておらず、単に童貞を捨てたやつはえらい、それだけしか思っていませんでした。

女子トイレのことも含め、ぼくはきっと女性のことを人間と思っていなかったのだと思います。神か何かだと、思っていたんだと思います。

本当は女性だって、人間なのに。。
人間だから、愛せるのに。。
そのことがわかるまで、ぼくにはまだしばらく時間がかかりました。


ともあれ、童貞をなかなか捨てられなかったぼくは、だんだんと童貞であることにコンプレックスを感じるようになっていきました。




大学に入ると、門限はなくなり、また、うちの大学は女子の比率が非常に高く、すぐに女友達がたくさん出来ました。最初は話すのすらかなり緊張しましたが、すぐになれるようになりました。また、大学のトイレは警備が非常にゆるく、また日常的に女子トイレに侵入し、(それも自分の友達をふくむ女子大生だけが使用するという、ぼくにとっては大変好条件のトイレです)便器をなめることができるようになりました。


ただ、童貞だけはまだ捨てることは出来ずいました。

インターネットのエロサイトやAVには、毎日のように違う女性とセックスをしまくる男性が出てきます。それを毎日のように見ていると、だんだん感覚が麻痺してきて、未だに童貞でいる自分が劣った人間であるかのように思えてきます。

ぼくはそのうち、羨ましいという思いを超えて、色んな女性とセックスをしまくる男性のペニスを崇拝するようになりました。

そして、たくましい、何十人、百人もの女性を快楽に導いた男性のペニスをしゃぶらせていただきたい、と思うようになりました。


そのうちぼくはインターネットのゲイサイトで男性のペニスをしゃぶり、少しのお小遣いをもらうようになりました。募集を掲示板にのせると、すぐにお客さんがついて、週2くらいで色々な男性のペニスをしゃぶることができるようになりました。ぼくは固定客ではなく、できるだけいろいろな男性のペニスをしゃぶらせてもらおうと思いました。現在までで、50人くらいのペニスをしゃぶったと思います。

お金を払っているという気持ちがそうさせるのか、ぼくのことをまるでトイレのように使う男性は少なくありませんでした。ゲイの男性はそういう人が多いのかわかりませんが、ほとんどの方がペニスを洗わずに臭いのするペニスをぼくにしゃぶらせました。一目見て分かるほどのカスがついているひともいました。いつも口の中にはすっぱい味と香りが広がりました。

そのうち、ぼくもそれが好きになり、今ではぼくにとって男性のペニスの恥垢や精液も、女性の排泄物と同様、しばらく摂取しないと禁断症状がでるほどのものになりました。


ぼくが男性のペニスをしゃぶってもらったお金で、インターネットのサイトで女性を募集し、尿やツバを飲ませてもらうようになるのには、そんなに時間はかかりませんでした。これは画期的なアイディアでした。男性のペニスをしゃぶってもらったお金で女性の尿を飲ませてもらえるのです。

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大学四年のころね、ぼくを飼っていた女王様が、ぼくにいったんだ。
「キミはマイケルジャクソンみたいになるしかないじゃない。キミはねえ、ロックスターにならなかったら、誰も認めてくれないわよ。誰もこんな気持ち悪い人間、相手にするわけないでしょう。あなたは一人ぼっちよ。あなたは孤独の中で死んでいくの。だからキミはどんな思いをしたって、絶対にロックスターになりなさい。生きなさい。そうして、生きられなかった人を救いなさい。さあ、私のもとから飛び去って、思う存分に飛びなさい。」そういって彼女は悲しそうに笑った。

そうしてぼくは彼女はいなくなった。

ぼくはマイケルジャクソンになりたい。なにがなんでもマイケルジャクソンになりたい。どうしてもロックスターになりたい。変態なんかになりたくない。ぼくは変態じゃない。キチガイじゃない。ぼくは普通の人間だ。ぼくはここに生きているんだ。彼女も普通の人間だ。彼女はあそこに生きているんだ。頭がおかしいんじゃない。なんで腕をきらなきゃいけないんだ。なんで睡眠薬をのまなくちゃならかなかったんだ。なんであんなにつらい思いをしなければならないんだ。ぼくは彼女を救うんだ。ぼくは世界を救うんだ。みんなぼくを馬鹿にするだろう。それでもぼくは世界を救うんだ。この世界は、天国にならなくちゃならないんだ。悲しいことも苦しいことも、貴族も乞食も労働者も資本家も、キリスト教徒もイスラム教徒もテロリストもこの世界の支配者も、みんな手をつないでハッピーエンドをむかえなくちゃならないんだ。だれがおかしいなんてことはない。彼女は頭がおかしいんじゃない。


おいMおまえ、言ってみろ、おれはカルトスターかそれともロックスターか?おれはカルトスターかロックスターなのか?おれはキチガイか?変態か?おれは人間じゃないのか?おまえは永遠に過去に負けつづけるのか?おれはマイケルジャクソンになりたい。マイケルジャクソンになれば、顔を上げて道を歩くことができる。

おいK、言ってみろおまえ、キリストはおれたちを笑ってんのか?それとも本当に世界を救うつもりなのか?あいつらは馬鹿なのか?それともおれたちよりずっと大人な連中なのか??おい、おまえはアイドルか?アイドルになって百人を殺すのか?百人を愛するのか?そうしておまえは最期に笑うのか?やっぱり愛だったって言って笑うのか???


おいS、おまえは死神か?おれがひとりで殺しあってるのをみて感じてるのか?いつかおれがぼろぼろになって倒れたとき、最期に首をしめて息の根をとめるのは笑い顔のおまえか?そうしておれの死体とセックスして、完全になろうって言うのか?おれはピエロか。おまえは死神か。世界は天国か。それとも人の国か。どうしておれはあいつとわかれなければならなかった?どうしておまえはあいつと別れなければならなかった?どうして人は別れ続けなければならないんだ?どうしてみんな仲良く手をつなぐことができないんだ?どうしてみんなみんな幸せに、ハッピーエンドを迎えることができないんだ?


ぼくは弱くない。ぼくは強い。ぼくはだれよりも強い。ぼくは弱さがきらいだ。何よりもきらいだ。ぼくは強かったら彼女とも彼とも別れないですんだ。もし彼が強かったら?神さまより強かったら?おい町田、誰より愛すべき友達よ。おまえが神さまよりも強かったら?おまえに力がありさえすれば?天国もこの世界も未来も塗り替える力があったとしたら?おい江戸原、おまえは苦悩だけが人生を燃やすガソリンだといったな?おまえのガソリンはそれっぽっちなのか?おまえのカルマはそれでおしまいか?おれはいつまでたっても燃え尽きないぞ。おれは絶対に燃え尽きない。おれは死んでも燃え尽きないぞ。百年後も二百年後も、消し忘れた仏壇の蝋燭みたいに燃え続けてやる。

H、おまえの血は自分の悲鳴を殺すのか?おれがおれのおれにおまえのおまえをおまえだらけにして血まみれじゃないかいつだって。誰かおれを止めろ誰かおれを殺せ誰か世界が終わりに近づいてるぞおまえの世界がおわりになるぞ

おい誰でもいいから答えろ、おれはロックスターか?それともカルトスターか?それともただの変態か?

高校のころ、ぼくはギターもひけないし歌もへたくそで、誰もバンドを組んでくれなかった。ぼくは一度だって自分のストーリーの主人公になったことはなかった。ぼくのお話にはいつだって父さんが大きな影をひそめていて、、、、父さんは怖かった。ぼくは父さんに一度でも認めてもらえたら、すぐにだって悲鳴をやめたっていいと思ってる。ぼくは過去を殺したくて殺したくてギターを叩きつけるのだけれど、過去はぼくを縛り付けるばかりで一度だってぼくを自由にしない。自由は一番ほしいものだけど、それを手にするには力が要る。力は求めたものだけに与えられる。真実なんてどうでもいい。ぼくは力がほしい。ぼくは誰よりも強くなりたい。神さまよりも強くなりたい。そうして、今日からはみな自由だと叫ぶのだ!

何もない何もない何もないぼくには何もない力も時間も勇気も愛も。

だからぼくは作ろう。自分を、何もない世界に。ひとりで作ろう。貴方を作ろう。神さまをつくろう。つくられた神はぼくを許すだろう。つくられた天国はぼくを救うだろう。


おいN、たった一度でいいから答えろ。革命は世界を救うのか。それともおまえを救うのか?答えろ。人の力は世界を変えるのか?おれは太陽に飲み込まれた人間の、何もない何もない何もないこの世界に、神さまと自分がたったふたりの、愛も悲しみもないこの世界に、なんのために生まれてきた?おまえはなんのために生まれてきた?世界がかわったら、人間は救われるのか?答えろ中尾、おまえは一番頭のいい人間だろう、なあ頼むから答えてくれ、答えろよ、人は人を変えることができるのか?答えろったら。




おい神さま、答えろ、たった一度でいいから。貴方はぼくを許しますか。許しますかってきいてるんだよ。何百人もの人を痛み、傷つけ、殺して生きているぼくに、生きる資格はあるのか。あるのかよ。ぼくは傷つけ、殺したものと共に滅び行くことが正しいのか。これはぼくの罪に貴方が与えた罰だろうか。



真っ赤な薔薇を彼女にあげた。花はなぐさめだろうか。気休めみたいなものだろうか。ぼくの血はこのくらいに赤いだろうか。ぼくの血は、あなたの中をかけめぐるのか。貴方はぼくが生きてると認めてくれるだろうか。ぼくの血は、永遠に生き続けることができるのだろうか。なあおまえ、ぼくは冗談で書いてるんじゃないんだ。書かなきゃマジで死んじまうから書いてるんだよ。ぼくは愛してるよ君の事を。数百人がみてるけどぼくは全然恥ずかしくない。初めてあったとき、君はぼくに鎮魂歌をきかせた。やっぱり君は死神か。ぼくはやがていずれ誰かに殺されるだろうか。それでもぼくの歌は、せめて歌だけは、誰かの慰めになるのだろうか。それならぼくは本望だ。花は慰め?それでも嘘じゃない。絶対に嘘じゃない。あの美しさだけは嘘じゃない。この愛が嘘だとしてもそれだけは絶対に嘘じゃない。おい町田、羽根なんてなくていいじゃないか。負けと決まった人生だ。サヨナラなんて覚悟の上さ。愛か?おまえの色でこの世界をバラ色に染めろよ。おい松本、おまえは本当に、知らないといわれても、誰も恨まないのか。おい、悪いけどおまえ絶対に神に許されねえぞ。キリストはおまえのことを許さないぞ。おまえがどれだけ世界を愛すといったって、世界は絶対におまえのことを、やがて殺すのさ。でも、そこまでしても、ぼくはこの世界に残りたかった。おまえは生きていくのか。この、神のものでもなく人のものでもない世界に。

こんなにも強く、弱いものを許さないぼくが、はじめて君の胸にふれたとき、はじめて世界は展開して美しい星を見せた。太陽の下で眠れ、神の元で眠れ、正義の元で眠れ、罪と憎悪と絶望のもとで眠れ、それでもぼくは手を握る、足を曲げる、目を動かす、希望の歌を歌う、ロックスター、ロックスター、ロックスター、ぼくはロックスター、やがてロックスター、死ぬまでロックスター、死んでもロックスター、ぼくはヒーロー、世界を救うヒーロー、神さまを倒してみんなを救うヒーロー、答えろヒーロー、答えろロックスター、おれはロックスター、王国をつくるロックスター、天国はロックスター、ぼくはロックスター、君もロックスター、ロックスター、ロックスター、ロックスター、ロックスター、ロックスター、ロックスター、 生きろこの世界 、夢はこの世界 、絶望もこの世界 、愛もこの世界 、
おれは正気じゃないのというのか 、いいやおまえが笑いかけたからだ 、なああんた、あんたに聞いている。名指しじゃなくて今この日記を読んでいるあなただよ。貴方が一瞬でも信じるなら、ぼくは貴方のために死ぬまで歌い続けよう。これが何もない世界、愛のない世界、ロックスターのいない世界、でも、なぜだか絶望だけじゃない世界 、