2008年11月27日木曜日

食べて


女になりたい
女に生まれたかった
昼のうちに掃除をすませ
皿を洗い夕げをつくり
洗濯物を取り込んで
あの人の帰りを待つ
ベッドではたくさん愛してあげるの
綺麗な身体で
疲れた今日一日を
私が慰めてあげるの

誰かの愛人になりたい
売春婦もいい
真っ赤なドレスを着て
シャネルの香水をつける
私はいるだけで
私を必要とする
身体があるだけで
私は必要される
絶望的なほど
人の目が欲しい
燃え上がるビロードよう
火がつくように欲望して
貴方のお好きなままに
泡のあふれたバスタブで
震える指先で月を蹴る
好きなだけ楽しんだら
捨てるように帰って

私は思った
私は何も欲しくない
みんなが私を欲しがれば
私は何も欲しくない

愛なんて知らない
貴方なんて知らない
私しかいらない

蟻のように働く時間があったら
蝶のように化粧をしていたい

蟻に食べられてしまうために

私なんて何百の蟻に
黒々とした鉄のようにたかられて
もがれ、焼かれて

いなくなってしまえばいいのに






2008年11月11日火曜日

死なないルーシー


私はアンドロイド。 23世紀のロシアで踊り子を務めている
私は月に一度のメンテナンスで半永久的に稼動することが出来る。 

死ぬことはない。
眠ることもない。 

その代償として、自分が本当に起きているのか、生きているのかもよくわからない。 
もっとも、ロボットが生きているかどうかを気にするなんて妙な話だ。 

それでも愛する人はいる。 
劇場の下働きの老人、イワンだ。 
イワンは月に一度、満月の夜、私を裸にしてメンテナンスをする。
油圧を下げ、しわだらけの手で、シリコンからにじんだオイルを丁寧に拭く。 
もうこんなことがかれこれ8年も続いている。 


私に見える世界は、現実と幻がごちゃごちゃだ。 
眠らないアンドロイドは起きながらにして夢を見るからだ。

時折、イワンと踊る幻を見る。
どうしてこんな夢をみるのだろう。
ポールに映る自分の姿はひどく歪んでいる。

劇場は、床も天井も全てが鏡ばり。
無限の私が、じっと私を見つめて、私の目を回す。
もう何が過去で、何が今なのかもわからなくなった。


ふと気づくと、イワンが身体を拭いている。
真っ白のつきひかりが、鉄格子の窓から差し込んでいる。

そうしてまた気を失った。









2008年10月30日木曜日

『東大を動物園にしろ』


三島の『東大を動物園にしろ』って文章が、とてもいいから、いくらか抜粋してメモ。


「ぼくは反革命なんだ、絶対に反革命で押し通すつもりだからね。見ておいでよ、いまに反革命が一番カッコよくなるから。反がつきゃ、なんでもカッコいいんだからいまファッションとして革命をえらんでいる連中、そのときになって先をこされたと口惜しがるだろうさ」

「だいたいいま革命だ革命だっていってる連中、命を懸けてないよ。新宿騒動のとき、ぼくは武器がどうエスカレートしているかを見に行ったんだ。エスカレートしてなかったね。竹槍すら出ていない。遠くから機動隊へ投石したり、電車のガラス割ったり、あんなことならおれにだってできる。あぶなくなったら逃げちまえばいいんだからね。何が革命だという感じだな。一種の自己欺瞞だよ。(中略)

命を賭けるなら一生に一度という古い考えがあるけれども、彼らのやってることと言えば、テントウムシの群のようにヘルメットの軍を集めてワイワイガヤガヤ、電車のガラスを割って『革命です、命賭けです』といったって誰が信じるものかね。革命は殺すか殺されるか、どちらかだよ。(中略)

要は度胸がねえんだよ。一人でやる度胸がねえんだ。」



「しかしきみ、革命っていうのは、今日よりも明日を優先させる考え方だろう。ぼくは未来とか明日とかいう考え、みんな嫌いなんだ。(中略)

未来社会を信ずるやつはみんなひとつの考えに陥る。未来のためなら現在の成熟は犠牲にしたっていい、いや、むしろそれが正義だ、という考えだ。(中略)

未来社会を信じないやつこそが今日の仕事をするんだよ。現在ただいましかないという生活をしているやつが何人いるか。現在ただいましかないというのが文化の本当の形で、そこにしか文化の最終的な形はないと思う。

小説家にとっては今日書く一行が、てめえの全身的表現だ。明日の朝、自分は死ぬかもしれない。その覚悟なくして、どうして今日書く一行に力がこもるかね。(中略)未来のための創造なんて、絶対に嘘だ。



三島のいうことには未来のイメージがないなんていわれる。
馬鹿言え、未来はおれに関係なくつくられてゆくさ。」





2008年10月8日水曜日

気が狂ってるか?狂ってるってどういうことか知ってるか?

なあおまえ、おまえはおれのことをキチガイだっていう。すぐに変態だとか頭がおかしいといっておれのやってることを賞賛する。そんなに変態がすきか。そんなにキチガイが嬉しいか。おまえには本当に、変態とか、頭がおかしいといわれる人種が、どういう人たちだかわかっているのか。変態が、格好いいとか、ロックスターだとかいう脳みそがタリン野郎はどこのどいつだ。おまえは、変態の何も見ていない。本当の変態がどんなものか何もわかっちゃいない。あたかも気が狂ったかのようにみせたり、変態のようにふるまった普通の人間を、なんだか流行かなにかのようにただ漫然と受け入れているだけだ。なあ、おまえ、そんなに変態だとか、キチガイが好きだって言うのなら、おまえに本物の変態がどういうものか教えてやるよ。おれの言うことは全部嘘さ。なぜかって?本当のことはゴミクズ同然で、これっぽっちも価値のないからだ。おれの本当なんて、本当にゴミクズほどの価値もないからだ。今、一度だけ本当のことを見せてやるよ。おまえは見なけりゃよかったと思うだろう。そうして作り物のキチガイで、興奮するままでよかったと思うだろう。しかしこれはおまえが望んだことじゃないか。どうだ、これがぼくの真実さ。勇気のあるやつだけが目をそむけるな。本当のことなんてこれっぽっちも価値がない。何もないのさ。何もない。本当のおまえなんてなにもない。本当のおれもなにもない。文学にもロックンロールにも何もない。おれが、今、一度だけ、本当のことを話してやる。おれという中心がこんなにくだらないものだったのかと、おまえは呆然とするだろう。変態とか、キチガイとか、頭がおかしいとか、そんなものおまえはわかったふりをしてるだけで



おめえには一生わかんねえよタコ

























ぼくは小学校のころ、いじめられっこでした。
幼稚園のころ、東京から静岡に引っ越してきて、いじめがはじまりました。一年生のころから、高学年になるまで、いじめはどんどんエスカレートし、教科書が捨てられたり、上履きはしょっちゅうなくなったし、机や持ち物は『バカ』や『くさい』、『(ぼくの名前)菌』など、ひどい落書きだらけでした。ぼくは最初、本当に悲しくていつも音楽室の前にある階段の下で隠れて泣いていました。

そのうち、ぼくはぼくをいじめる人たちを、なぜかだんだん崇拝するようになりました。多分そう思い込むしかなかったからなのだと思います。きっとあの人たちがぼくをいじめるのは、ぼくよりずっとえらいからなんだ、クラスメート全員、いや、みんなぼくよりずっと高貴で素晴らしい人に違いないんだと思うようになりました。そしてぼくは最低の蛆虫に違いないんだ、だからいじめられても仕方が無いんだと自分を納得させるようになりました。

高学年になるとぼくは、水泳の授業を仮病でよく休んで、女子更衣室に忍び込み、クラスの友達のパンツの匂いをかくようになりました。ぼくをいじめていた中心グループの子のパンツの匂いを初めてかいだときは本当に心臓が壊れるかとおもいました。あの、とても高貴な方のアソコの匂いを、蛆虫にも等しいぼくがかがせていただくだなんて、本当に恐れ多いことだと思いました。笑っちゃうような話ですが、そのときぼくはその子のパンツの匂いをかいで、ありがたさのあまりひとりで泣いてしまっていました。そして、排泄器官としてとらえるならばある意味人間の最も穢れた器官「性器」の汚れを、人間の最も清い飲食の器官、「くち」で嬉々として掃除している自分に、ものすごく興奮を覚えたんです。ぼくはクラスメートのパンツを舌で掃除しながら、漠然とクラスの女子全員の排泄器官としての性器を、くちで掃除したいなぁと思うようになりました。


そういう風に思うようになってから、ぼくが学校の女子トイレに侵入するようになるまで、大して時間はかかりませんでした。女子トイレに侵入すれば、思う存分にクラスメートたちが使った便器をなめて、女子の排泄物を口で掃除できるのです。運がいい日は、排泄物が流されてないまま放置されているのを発見することができました。そんなときは、こころから神様に感謝をして、全てを口ですすりとりました。大が放置されていることも似三度ありましたが、さすがにこれは一口しか食べれませんでした。せっかく女子の排泄物を食べることができるという大変ありがたいチャンスにもかかわらず、食べれなかったということが残してくれた女子に大変申し訳なかったと、ものすごく申し訳ない思いをしたのを覚えています。

この当時、ぼくには、朝はやく小学校にきて、女子トイレに侵入し、まずピンク色の便所サンダルの足があたる部分を綺麗になめ、つぎにサンダルの足の裏を綺麗に舌掃除し、次に洋式便器の便座の裏にこびりついた女子の尿をなめとり、便器の陶器のふちをなめ、次に和式便器のふちをなめとり、ゆかをなめ、おちてた陰毛を持ち主に感謝しながら食べ、最後に最も汚れている金隠しの裏の部分にこびりついた便器の黄ばみ、尿石を歯でこそげとって食べてから授業にでるのが日課になっていました。放課後には必ず下駄箱に行き、今日一日女子が履いた上履きの香りをできるかぎり全員分かぐようにしていました。(それは自分に課したノルマでした。)


このころになると、女子に対してはいじめられることがむしろ快感に感じられるようになり、学校に行くのも楽しくなってきていました。また、更衣室侵入も頻繁化し、(なぜバレなかったのか未だに不思議です、あるいはやはりばれていたのでしょうか)クラスの女子全員のパンツの匂いを一度はかいでおり、一部の女子のものは匂いと味だけで誰のパンツかを区別できるようにまでなっていました。(ちなみに、上履きはパンツよりはるかに誰のものかを判別するのは困難でした。)

それでも、やはりいじめはとてもつらいものだったので、ぼくは受験をして、東京の中学校に逃げることにしました。

東京の中学に入って、前ほどいじめられなくはなりましたが、ぼくの性癖は弱くなるどころかむしろ更に強くなりました。ただし、ぼくの入った東京の学校は男子校でした。そこで、ぼくは公衆トイレの女子便に侵入するようになりました。

とくにぼくのお気に入りの公衆トイレの女子便は、駅の女子便と駅ビルの、若者向け婦人服売り場の女子トイレでした。駅の女子便は、地元の駅の利用者はそんなに多くなくて侵入しやすく、本当に汚くて、とくに夏はものすごい悪臭を放っていたためお気に入りでした。また、駅ビルの女子便は、これもまた本館から少しはなれた場所にあって男子トイレの入口の真横が女子トイレの入口で、しかも入口が少し離れただけですぐに死角になるので大変侵入しやすく、しかもなぜかかなり利用のされ方も汚く、また、若い女性向けのフロアなので、若い女性ばかりが使用した便器をなめることができるという点でお気に入りでした。中学二年ごろまでぼくは女子トイレに何度も侵入しては便器をの汚れをなめとり、すぐドアの向こうで女子高生らしき声が談笑するのを聴きながらオナニーをして射精していました。なぜか見つかったことは一度もありませんでした。本当に不思議なことですが。。。

しかしながら、中三の最後あたりのころ、となりの個室のひとに怪しまれドアをどんどん叩かれるという大変やばい事件があり、それ以来急激に怖くなり女子トイレに侵入できなくなりました。しかしぼくにとって女子トイレで便器をなめるというのは、小学校からの日課ですから、本当に生活の一部になってしまっているし、簡単にやめられませんでした。それに、侵入しなくなって本当にびっくりしたことなのですが、1週間もすると、禁断症状のようなものがでてくるのです。本当に女子トイレのことしか考えることができなくなり、頭がくらくらする。小学校から日課のようにやってきたことですから、確かにそれもそうなのかもしれないのですが、どうやらぼくの身体がまるで排泄物を栄養素としてもとめているみたいなのです。ぼくの身体は、もうすでに女性の排泄物を最低1週間に一回は摂取しないと、体調がわるくなるほどになっていたのです。これはものすごくショックでしたが、同時に自分自身で、ものすごく興奮しました。もうぼくは一生女性の排泄物がないと生きていけない便所虫としていきていかなければならないんだと、ショックのあまり寝込みながら、狂ったようにオナニーをしていました。
そういえば、ぼくは普通の性欲の方も相当強いらしく、今でも休日は一日10回くらいはオナニーをしたりします。平日は3~4回で、よっぽどのことがない限り必ず
毎日しています。その点もぼくの異常さに拍車をかけていたのかもしれません。単にいじめられてマゾになったぐらいでは普通、ここまではならないように思います。


とにかく、簡単に女子トイレには侵入できなくなったので、そこでぼくは妥協案として男女共用便所をなめるようになりました。男性の排泄物をなめるのは本当にいやでしたが、禁断症状まで出ているのですから、本当に瀬に腹はかえられないという感じでした。できるだけ女性の尿があたる、洋式の手前のふちの部分のみをなめるようにしました。しかしそれは本当に嫌な気分のするものでした。

そこでぼくが発見したのが、女子トイレでよく見かけた汚物入れでした。汚物入れは、何が入っているのかは、なんとなく前々から察していましたが、ぼくの目当ては便器のよごれの方だし、とくにそこまで興味をもってはいませんでした。しかし今、女子トイレに入ることが出来ず純粋な女性の排泄物を楽しめなくなったぼくに、唯一手に入れることができる純粋な女性の塊は、使用済みの生理用品なのでした。そのことにきづいたぼくはすぐに汚物入れをあさり、使用済みのナプキンを開きました。中にはレバーのようになっただれのものかわからない女性の経血がどさっとついていて、ものすごい生臭さと、ずっしり重かったのをおぼえています。ぼくは興奮のあまり右手でオナニーをしつつ、必死で経血にむしゃぶりつきました。

それからというもの、ぼくは大喜びでコンビニやファーストフードの汚物入れをあさりまくりました。とくにファーストフードは、若い客が多いので、手に入れられる使用済み生理用品はぼくにとって大変上質なものでした。どこのどんな女性がつけていたのかわからない使用済みの生理用品をしゃぶり、匂うという最低の行為をしているという自覚に、ものすごく興奮させられました。ぼくはしばらくは使用済み生理用品に夢中になりました。色々な楽しみ方をしました、、お湯に2、3本タンポンを入れて真っ赤な経血ティーをつくって飲んだりもしました。(知らない女性三人の性器からでたカスを同時にミックスして飲んでいるのだから、ぼくにはものすごい贅沢です。)しかしやはりそのうち怖くなりました。世の中にはエイズや性病というものがあるのですから。便器をなめている分には腹を壊すだけですが、使用済み生理用品を舐めるのは命にかかわります。一時期の熱気がさめると、ぼくはすぐに誰のものかわからない場合は匂いをかぐだけにとどめるようになりました。

ぼくはまた、女性の排泄物を摂取することができなくなり、禁断症状がおそうようになりました。高校のころは、まるで禁煙でもするかのように、できるだけ回数を減らして女子トイレに忍び込む、共用便所をなめるようにする、使用済み生理用品のにおいだけにとどめておく、ということの繰り返しでした。


自分の性癖をかえるということも色々試みました。

例えば、身体中に卑猥な落書きをしてコートだけはおって綺麗な店員さんの本屋にいってみる、エロ本屋で700円で買ったローターを性器にガムテープで貼り付けて駅ビルの婦人服売り場をうろついてみる、綺麗な店員さんのいるコンビニでエロ本、こんにゃく、生理用品、コンドームをいっしょに買ってみる(そしてそのあとトイレをお借りしてオナニーをする)、アナルに色々つっこんでみる、知らない番号に電話をかけて女性がでたら自分の性癖を告白する(当時、PHSにかけると6割くらいの確立で女子高生らしき相手が電話をとった)など、、、


しかしやはり女子トイレの便器を超える興奮をえられるものは存在しなかったのでした。

実際この当時のぼくは女性の排泄物に相当飢えていました。友達と女子高の学園祭にいったときはふと友達とはぐれたタイミングで教室に入り、そこにあった黒ずんで汚れたゴミ箱(単なるゴミ箱です!汚物入れとかではありません!)をべろべろなめたりしていました。普段女子高生だけが使っているゴミ箱なら、ぜひともなめたいと思ったのです。そのときはゴミ箱の下にたまっていた、飲料や食べ物などがこぼれた生ゴミの汁も飲みほしました。

フラストレーションは溜まる一方でした。



ちなみに、ぼくは中高と男子校でしたが、おかげでめったに女性と話す機会がありませんでした。そのことが、ぼくの中で女性に対する神聖視をいっそう強めたのだと思います。もはやぼくにとって女性は神様と同等でした。

また、高校のころにはぼくはいじめられなくなっていました。身長も175センチ近くまで伸び、体格はスリムな方で、わりとおしゃれに気を使ったりして、また、音楽もギターをひいたりするようになっていたので、クラスではわりとそれなりの立場になっていました。
いじめで受けた心の傷は未だに消えませんし、未だにやつらを見返したい一心で毎日をがんばってるという側面はありますが、それにしても高校のころには、いじめのことはぼくのなかでは一応整理がついた問題でした。

そんな中で、ぼくは本当に半年に一回話すか話さないかの女性の相手の前ではちょっとクールなやつ、のような顔をしてものすごく格好をつけながら、一方ではこの女性にひれふして今すぐ顔を踏んでいただきたい、そして今までの日々の全てを告白してしまいたいと思うという日々を続けていました。

どうしても女性と話したかったぼくは、友達の合コンにつれていってもらったりしては、(と、いっても高校生同士の合コンですから、いっしょにカラオケいったりする程度なのですが、)かっこをつけていました。カラオケでは出来るだけクールそうに椅子にすわって足を組み、クールに吸えないタバコをふかす(今でも全然すえません。)、それで『あ、おれJ-POPとか全然わかんねぇから。』、というかんじです。そんなかんじですから、女の子のほうも声をかけづらいし、それにぼくは家の門限が早く、7時あたりには帰らなければならなくなり、結局合コンいつも、なんの進展もなくおわっていました。

そのうち合コンを主催していた友人達は、彼女をつくりはじめ、童貞をすてたものもちらほら出てくるようになり、ぼくはあせるようになりました。なんで彼らと同じようにしてるのに、おれだけ童貞なんだ?今から考えれば、セックスというのは、自分が一人の女性を愛した、ただの結果にしか過ぎないなんてことは完全にわかりきっていることなのですが、当時のぼくはまだ愛するということをまるで分かっておらず、単に童貞を捨てたやつはえらい、それだけしか思っていませんでした。

女子トイレのことも含め、ぼくはきっと女性のことを人間と思っていなかったのだと思います。神か何かだと、思っていたんだと思います。

本当は女性だって、人間なのに。。
人間だから、愛せるのに。。
そのことがわかるまで、ぼくにはまだしばらく時間がかかりました。


ともあれ、童貞をなかなか捨てられなかったぼくは、だんだんと童貞であることにコンプレックスを感じるようになっていきました。




大学に入ると、門限はなくなり、また、うちの大学は女子の比率が非常に高く、すぐに女友達がたくさん出来ました。最初は話すのすらかなり緊張しましたが、すぐになれるようになりました。また、大学のトイレは警備が非常にゆるく、また日常的に女子トイレに侵入し、(それも自分の友達をふくむ女子大生だけが使用するという、ぼくにとっては大変好条件のトイレです)便器をなめることができるようになりました。


ただ、童貞だけはまだ捨てることは出来ずいました。

インターネットのエロサイトやAVには、毎日のように違う女性とセックスをしまくる男性が出てきます。それを毎日のように見ていると、だんだん感覚が麻痺してきて、未だに童貞でいる自分が劣った人間であるかのように思えてきます。

ぼくはそのうち、羨ましいという思いを超えて、色んな女性とセックスをしまくる男性のペニスを崇拝するようになりました。

そして、たくましい、何十人、百人もの女性を快楽に導いた男性のペニスをしゃぶらせていただきたい、と思うようになりました。


そのうちぼくはインターネットのゲイサイトで男性のペニスをしゃぶり、少しのお小遣いをもらうようになりました。募集を掲示板にのせると、すぐにお客さんがついて、週2くらいで色々な男性のペニスをしゃぶることができるようになりました。ぼくは固定客ではなく、できるだけいろいろな男性のペニスをしゃぶらせてもらおうと思いました。現在までで、50人くらいのペニスをしゃぶったと思います。

お金を払っているという気持ちがそうさせるのか、ぼくのことをまるでトイレのように使う男性は少なくありませんでした。ゲイの男性はそういう人が多いのかわかりませんが、ほとんどの方がペニスを洗わずに臭いのするペニスをぼくにしゃぶらせました。一目見て分かるほどのカスがついているひともいました。いつも口の中にはすっぱい味と香りが広がりました。

そのうち、ぼくもそれが好きになり、今ではぼくにとって男性のペニスの恥垢や精液も、女性の排泄物と同様、しばらく摂取しないと禁断症状がでるほどのものになりました。


ぼくが男性のペニスをしゃぶってもらったお金で、インターネットのサイトで女性を募集し、尿やツバを飲ませてもらうようになるのには、そんなに時間はかかりませんでした。これは画期的なアイディアでした。男性のペニスをしゃぶってもらったお金で女性の尿を飲ませてもらえるのです。

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大学四年のころね、ぼくを飼っていた女王様が、ぼくにいったんだ。
「キミはマイケルジャクソンみたいになるしかないじゃない。キミはねえ、ロックスターにならなかったら、誰も認めてくれないわよ。誰もこんな気持ち悪い人間、相手にするわけないでしょう。あなたは一人ぼっちよ。あなたは孤独の中で死んでいくの。だからキミはどんな思いをしたって、絶対にロックスターになりなさい。生きなさい。そうして、生きられなかった人を救いなさい。さあ、私のもとから飛び去って、思う存分に飛びなさい。」そういって彼女は悲しそうに笑った。

そうしてぼくは彼女はいなくなった。

ぼくはマイケルジャクソンになりたい。なにがなんでもマイケルジャクソンになりたい。どうしてもロックスターになりたい。変態なんかになりたくない。ぼくは変態じゃない。キチガイじゃない。ぼくは普通の人間だ。ぼくはここに生きているんだ。彼女も普通の人間だ。彼女はあそこに生きているんだ。頭がおかしいんじゃない。なんで腕をきらなきゃいけないんだ。なんで睡眠薬をのまなくちゃならかなかったんだ。なんであんなにつらい思いをしなければならないんだ。ぼくは彼女を救うんだ。ぼくは世界を救うんだ。みんなぼくを馬鹿にするだろう。それでもぼくは世界を救うんだ。この世界は、天国にならなくちゃならないんだ。悲しいことも苦しいことも、貴族も乞食も労働者も資本家も、キリスト教徒もイスラム教徒もテロリストもこの世界の支配者も、みんな手をつないでハッピーエンドをむかえなくちゃならないんだ。だれがおかしいなんてことはない。彼女は頭がおかしいんじゃない。


おいMおまえ、言ってみろ、おれはカルトスターかそれともロックスターか?おれはカルトスターかロックスターなのか?おれはキチガイか?変態か?おれは人間じゃないのか?おまえは永遠に過去に負けつづけるのか?おれはマイケルジャクソンになりたい。マイケルジャクソンになれば、顔を上げて道を歩くことができる。

おいK、言ってみろおまえ、キリストはおれたちを笑ってんのか?それとも本当に世界を救うつもりなのか?あいつらは馬鹿なのか?それともおれたちよりずっと大人な連中なのか??おい、おまえはアイドルか?アイドルになって百人を殺すのか?百人を愛するのか?そうしておまえは最期に笑うのか?やっぱり愛だったって言って笑うのか???


おいS、おまえは死神か?おれがひとりで殺しあってるのをみて感じてるのか?いつかおれがぼろぼろになって倒れたとき、最期に首をしめて息の根をとめるのは笑い顔のおまえか?そうしておれの死体とセックスして、完全になろうって言うのか?おれはピエロか。おまえは死神か。世界は天国か。それとも人の国か。どうしておれはあいつとわかれなければならなかった?どうしておまえはあいつと別れなければならなかった?どうして人は別れ続けなければならないんだ?どうしてみんな仲良く手をつなぐことができないんだ?どうしてみんなみんな幸せに、ハッピーエンドを迎えることができないんだ?


ぼくは弱くない。ぼくは強い。ぼくはだれよりも強い。ぼくは弱さがきらいだ。何よりもきらいだ。ぼくは強かったら彼女とも彼とも別れないですんだ。もし彼が強かったら?神さまより強かったら?おい町田、誰より愛すべき友達よ。おまえが神さまよりも強かったら?おまえに力がありさえすれば?天国もこの世界も未来も塗り替える力があったとしたら?おい江戸原、おまえは苦悩だけが人生を燃やすガソリンだといったな?おまえのガソリンはそれっぽっちなのか?おまえのカルマはそれでおしまいか?おれはいつまでたっても燃え尽きないぞ。おれは絶対に燃え尽きない。おれは死んでも燃え尽きないぞ。百年後も二百年後も、消し忘れた仏壇の蝋燭みたいに燃え続けてやる。

H、おまえの血は自分の悲鳴を殺すのか?おれがおれのおれにおまえのおまえをおまえだらけにして血まみれじゃないかいつだって。誰かおれを止めろ誰かおれを殺せ誰か世界が終わりに近づいてるぞおまえの世界がおわりになるぞ

おい誰でもいいから答えろ、おれはロックスターか?それともカルトスターか?それともただの変態か?

高校のころ、ぼくはギターもひけないし歌もへたくそで、誰もバンドを組んでくれなかった。ぼくは一度だって自分のストーリーの主人公になったことはなかった。ぼくのお話にはいつだって父さんが大きな影をひそめていて、、、、父さんは怖かった。ぼくは父さんに一度でも認めてもらえたら、すぐにだって悲鳴をやめたっていいと思ってる。ぼくは過去を殺したくて殺したくてギターを叩きつけるのだけれど、過去はぼくを縛り付けるばかりで一度だってぼくを自由にしない。自由は一番ほしいものだけど、それを手にするには力が要る。力は求めたものだけに与えられる。真実なんてどうでもいい。ぼくは力がほしい。ぼくは誰よりも強くなりたい。神さまよりも強くなりたい。そうして、今日からはみな自由だと叫ぶのだ!

何もない何もない何もないぼくには何もない力も時間も勇気も愛も。

だからぼくは作ろう。自分を、何もない世界に。ひとりで作ろう。貴方を作ろう。神さまをつくろう。つくられた神はぼくを許すだろう。つくられた天国はぼくを救うだろう。


おいN、たった一度でいいから答えろ。革命は世界を救うのか。それともおまえを救うのか?答えろ。人の力は世界を変えるのか?おれは太陽に飲み込まれた人間の、何もない何もない何もないこの世界に、神さまと自分がたったふたりの、愛も悲しみもないこの世界に、なんのために生まれてきた?おまえはなんのために生まれてきた?世界がかわったら、人間は救われるのか?答えろ中尾、おまえは一番頭のいい人間だろう、なあ頼むから答えてくれ、答えろよ、人は人を変えることができるのか?答えろったら。




おい神さま、答えろ、たった一度でいいから。貴方はぼくを許しますか。許しますかってきいてるんだよ。何百人もの人を痛み、傷つけ、殺して生きているぼくに、生きる資格はあるのか。あるのかよ。ぼくは傷つけ、殺したものと共に滅び行くことが正しいのか。これはぼくの罪に貴方が与えた罰だろうか。



真っ赤な薔薇を彼女にあげた。花はなぐさめだろうか。気休めみたいなものだろうか。ぼくの血はこのくらいに赤いだろうか。ぼくの血は、あなたの中をかけめぐるのか。貴方はぼくが生きてると認めてくれるだろうか。ぼくの血は、永遠に生き続けることができるのだろうか。なあおまえ、ぼくは冗談で書いてるんじゃないんだ。書かなきゃマジで死んじまうから書いてるんだよ。ぼくは愛してるよ君の事を。数百人がみてるけどぼくは全然恥ずかしくない。初めてあったとき、君はぼくに鎮魂歌をきかせた。やっぱり君は死神か。ぼくはやがていずれ誰かに殺されるだろうか。それでもぼくの歌は、せめて歌だけは、誰かの慰めになるのだろうか。それならぼくは本望だ。花は慰め?それでも嘘じゃない。絶対に嘘じゃない。あの美しさだけは嘘じゃない。この愛が嘘だとしてもそれだけは絶対に嘘じゃない。おい町田、羽根なんてなくていいじゃないか。負けと決まった人生だ。サヨナラなんて覚悟の上さ。愛か?おまえの色でこの世界をバラ色に染めろよ。おい松本、おまえは本当に、知らないといわれても、誰も恨まないのか。おい、悪いけどおまえ絶対に神に許されねえぞ。キリストはおまえのことを許さないぞ。おまえがどれだけ世界を愛すといったって、世界は絶対におまえのことを、やがて殺すのさ。でも、そこまでしても、ぼくはこの世界に残りたかった。おまえは生きていくのか。この、神のものでもなく人のものでもない世界に。

こんなにも強く、弱いものを許さないぼくが、はじめて君の胸にふれたとき、はじめて世界は展開して美しい星を見せた。太陽の下で眠れ、神の元で眠れ、正義の元で眠れ、罪と憎悪と絶望のもとで眠れ、それでもぼくは手を握る、足を曲げる、目を動かす、希望の歌を歌う、ロックスター、ロックスター、ロックスター、ぼくはロックスター、やがてロックスター、死ぬまでロックスター、死んでもロックスター、ぼくはヒーロー、世界を救うヒーロー、神さまを倒してみんなを救うヒーロー、答えろヒーロー、答えろロックスター、おれはロックスター、王国をつくるロックスター、天国はロックスター、ぼくはロックスター、君もロックスター、ロックスター、ロックスター、ロックスター、ロックスター、ロックスター、ロックスター、 生きろこの世界 、夢はこの世界 、絶望もこの世界 、愛もこの世界 、
おれは正気じゃないのというのか 、いいやおまえが笑いかけたからだ 、なああんた、あんたに聞いている。名指しじゃなくて今この日記を読んでいるあなただよ。貴方が一瞬でも信じるなら、ぼくは貴方のために死ぬまで歌い続けよう。これが何もない世界、愛のない世界、ロックスターのいない世界、でも、なぜだか絶望だけじゃない世界 、









2008年10月1日水曜日


ああどうしてぼくは嘘ばかり書いてしまうんだろう。ぼくは天才でも変態でもなんでもないし、ぼくは自分で言うほどダメな人間でもなんでもないのだ。ぼくは普通の人間だ。何のおもしろみもない、ごく普通の、平平凡凡な人間だ。それなのにぼくは、ロックスターやら大文豪やらにあこがれて、涙目になって彼らの真似をしてみせるのだ。ぼくはお酒なんて飲みたくない。ぼくはもっと平凡な人間だ。ぼくはきっとロックスターになんてなれっこないのだ。デビットボウイみたいな顔もしてなければ、太宰のような文才もない。それでもぼくは、滑稽な化粧をしてへたくそな小説を書き、必死に自分では稼ぐまいとし、必死に酒を飲んで、やりたくもない女たちとセックスをして、どうだぼくはロックスターだと、血を吐き涙を流して言ってみせるのだ。魂が泣いてるんだよ。全部嘘さ。全部本当だ。それでもぼくは、どれだけ惨めな思いをしても、どうしてもロックスターになりたかった。でも本当は、ぼくは天才でもロックスターでもなんでもなくて、ただの気が弱いいじめられっ子だ。寂しがりやのいじめられっ子は、みんなの気が引きたくて、でも引きかたがわかんなくて、だからぼくは壊すしかないのだ。死神がぼくの右肩にその手をかけている。ぼくは魂を失う代償に、この世界と愛を与えてもらった。ぼくなんていない。どこにもいない。ぼくは愛だ。全部だ。そして全部嘘だ。ぼくは寂しい。男女構わず何十人とセックスしても、さみしい。ぼくは君に触れたい。でもぼくはどうしてもその一言が言えないのだ。恥ずかしくて、たまらないのだ。それに君はぼくのことなんて…

ぼくは有名になりたい。有名になって、誰からも赦されたい。でなければ、ぼくは恥ずかしくて道も歩けないくらいだ。みんなぼくに怒っている。ぼくはどうしたらいい?赦されるには?有名になったら、きっとみんなわかってくれるだろう。ぼくを友達にしてくれるかもしれない。ぼくはみんなと友達になりたかった。でも、どうしたらいいのだろう。足を舐めればいいの?犬のふりをすればいい?ぼくは自分の顔が嫌いだ。いつも怯えた目をしてる。いつ怒られるんだろうと、ずっとびくびくしている。人を不快にさせまいと、いつも精一杯に笑っている。みんなぼくを必要としない。ぼくはひとりだ。なんでぼくは悲しくて仕方がないのだろう。ぼくはみんなと仲良くしたいのに、どうして人を差別するやつの方は何も苦しまずに、ぼくはこんなに悲しいのだろう。どうしてみんなみんな仲良く手を繋ぎたいと思う人ばかりが、いつも苦しくて仕方がないんだろう。みんな仲良くしたいのに、そうしてこの世界のみんなみんなが、全員幸せになるハッピーエンドがやってきたらいいのに。魂が血をこぼしているんだ。ぼくはロックスターになるんだ。ロックスターになったらきっと、ぼくはみんなみんなと仲良くできるんだ。だってぼくはロックスターなんだから!ぼくは歓喜と溢れんばかりの愛の中で大いなる大地にキスをする。神よ、貴方に魂を捧げます、その代償として、どうかぼくを赦してください。どうかぼくを叱らないでください。出ていけって言わないでください。ここにいても良いと言ってください。ぼくは普通だし、天才でもロックスターでもないけど、けれどもぼくは自分が罪人であり、許されない存在だということだけはよくわかっているつもりなのです。貴方がぼくを赦してくださらなかったら、ぼくは一生顔を上げて町を歩けないでしょう。みなぼくに石を投げるに違いないのです。ああ神よ、ぼくはぼくのことを忘れた人をゆるします。ぼくはぼくを裏切る人を許します。ぼくもぼくが愛する人もやがては死に、この世界からいなくなって、永遠に人々の記憶から忘れさられてしまうことを受け入れます。ああ神よ、貴方が許してくれるなら、ぼくはそれでも生きます。死ぬまで真面目に精一杯に生きます。ぼくはこの愛が、例え嘘でも、やがて跡形もなく消え去ってしまうものだとしても構いません。孤独よ、絶望よ、この世で最も高貴なる魂よ、ぼくを天国に連れ去ってくれ。ぼくは何も出来ない、歌うことも話すことも伝えることも、歩くことも描くことも笑うことも、憎しむことも夢見ることも愛することすらも、だからぼくは天国にいきたい。そうして君に赦しを乞うのだ。


「泣いてもいいかい?」
「なぜ泣くの」
「あまりに多くのことを忘れてしまったから」



そうしてぼくは、世の中全部全部の、忘れられてしまったもののために泣こうと思う。人間はやがてみな、忘れ去られるのだ。








2008年7月29日火曜日

友達の話


こんな男がいた。こんな男がいた、というのはフィクションだと思ってくれても、現実にいるのだと思ってくれても構わない。

ぼくの心のうちにいる彼の名前、仮にその名前をAとしよう。Aはぼくと同い年のバンドマンで、大学生である。大学生のバンドマンにありがちなことであるが、学校での成績は決して褒められたものではなく、何度か留年もして今もまだ大学に在籍している。顔立ちは大してよくもなく、性格は一言で言えばガサツである。付け加えて言えば鼻下からは常時二、三本の鼻毛がのぞいている。それから彼は生来のインドア派である。インドア派というのは、ひきこもりの極めて穏当な言い回しのことであった。彼はオタクで、とくにガンダム、エヴァンゲリオンを中心に日本アニメを深く愛しており、例えばフランス文学に幼いときから親しんできたとか、ボサノバとラテン音楽についていくらかの知識を擁しておるとか、そういう、いわゆる世間的に「好ましい」趣味とは程遠い文化に囲まれて青春時代を過ごしてきたように見える。で、そんなわけで彼は酔っ払うと、いくらバンドをやっていたとしたって、どうあっても自分はモテるようなタイプではないと、弁舌たくましく語りだすのであった。 

しかしAというのは本当にがさつでオタクで成績も悪く、本当にどうしようもない類の人間なのであるが、ぼくは彼のことが本当に好きであった。どうしてかと言うと、彼が心底孤独な人間だったからである。 

ある日、いくらか酔いのまわったAが二人きりの時に、突然こんな話をしたことがあった。
「なあ龍郎、おまえ、こりゃ実際本当に馬鹿みたいな話だが、どうかそう馬鹿にせず聞いてくれ。いや何、おまえそう姿勢を正して聞くような、大した話じゃない。実に皆目くだらない話さ。ああそうそうおまえ、よくありがちな、タブロイド誌の三文小説さ。その三文小説は、こういう月並みな書き出しで始まるんだ。昔々、あるところにひとりぼっちの少年がいました。どうだ、なかなか月並みなもんだろう。でな、この少年は、とあるクラスの女の子のことが好きだったんだ。この女の子は、そんなに美人てわけじゃないんだが、笑うと頬にえくぼができる、白くてちっちゃなとてもかわいらしい子で、少年はこのえくぼがたまらなく好きだった。教室ではいつも目立たず、ひとりでいることが多かった。かといってまるで友達がいないってわけでもなく、いつも何人かのグループを構成して、お弁当を一緒に食べていた。少年にとって、女の子は『心のお姫様』ってやつだった。 

で、少年はこのお姫様に気に入られようと、色々なことをする。でも少年は、大して顔もいいわけじゃないし、体操だってクラスのガキ大将の連中のように自由自在、ってわけでもないから、うまく女の子に自分のことをアピールできないんだな。ま、思春期の中学生にありがちなことだがな。それにしたってこの少年は人間関係の全てにおいてあまりに不器用で、人に自分の感情を表すのが滅法苦手と来てる。で、あんまり苦手だからうちにこもって朝方までどうしようもない深夜アニメばっかり見てる。あるいはもう大分前に兄貴が使わなくなったクラシックギターを、よくわけもわからないのにぽろぽろと自己流で弾いて、なんとか精神の安定を保ってる。都会から遥か離れた人口二、三百のさびれた田舎町で、ザーメン臭い童貞中学生が、今にもパンク寸前てわけだ。ははあやっぱり、どこまで言っても三文小説だな。だがな、月並みもここまで来ると、どれだけ才能のない作家か、試してみたくもなるってもんじゃないか。 

でな、この三文小説家はやっぱりここから、その月並みな伝統手法をしっかり守って、急展開を始めるんだ。なんてったってびっくりすることだがな、この少年が甘酸っぱい恋心を寄せているこのお姫様が、不治の病で突然入院しちまうっていう展開さ。な、本当に安っぽい、今時ありがちの、高校生が書いたケータイ小説みたいな話だろう?なあ龍郎、そんなにつまらなそうな顔をすることはないんだ。もう少しおれの話をきけよ。 

少年はな、 恥ずかしくて恥ずかしくてたまらんかったのだが、勇気を出してお見舞いに行くんだ。何をお土産にもっていくべきか大層迷ったんだがな、そりゃメロンでもなんでも、お見舞いにはお見舞いらしいものってのがあるもんだ。ところがこの少年ときたら(なあ龍郎、人間てのはときに、究極的に恥ずかしくて何がなんだかわからないくらいになっていると、あえて最も恥ずかしいと思われる選択肢を、わざわざ自分からとりにいくっていうことが、間違いなくあるものなんだぞ。)何を血迷ったか、さんざん悩みあぐねた挙句、真っ赤な薔薇を一輪だけ、駅前の花屋で購入したっていうじゃないか。看護婦にも、学ランを着たニキビだらけの中学生が、真っ赤な薔薇を一輪だけ持って、えらく緊張した面持ちで、がくがく震えながら真っ赤な顔をして汗だくでやってきたってもんだから、人目もはばからずにくすくす笑われるって始末さ。もう、少年は恥ずかしさのあまり、今にも薔薇を投げ飛ばして、ワッと逃げ出したいってくらいなものなんだ。少年にだって、アニメオタクでひきこもりの自分が、薔薇の花の一輪もって歩く姿の、まるでさまにならないことぐらいはよくよく自分で承知していたんだからな。でもなあ、そう簡単に逃げるわけにもいかないんだよ。なんたって、彼のたったひとりの大切なお姫様が、この城のどこかにとらわれたまま、たったひとりで不治の病と闘い続けているっていうんだからな。それに比べたらこの少年のかく恥なんて……そう思えば文句ひとつ言えるわけもないってわけなのさ。なにはともあれそんなわけで、彼は真っ青になって震えながら、看護婦どもにげらげらと笑われて、病室への階段を上っていったって言うのさ。 

しかしな、彼の大切なお姫様はこんな恥ずかしい少年のプレゼントにも、思いのほか並々ならぬ好意を示してくれたらしい。実のところ少年とお姫様は今まで学校でほとんど口をきいたことすらなかったというんだが、(少年は極度の恥ずかしがりやだったから、直接的なアプローチはほとんどできずにいたんだな)まあお姫様の方も、何がなんだかわからないうちに突然意味わかんない不治の病なんかに犯されちまって、大分心細くなってたんだろうよ。それに、全くひどい話だが、彼女が病気になって、そりゃあ最初はたくさんの同級生やら学校のお友達やらがお見舞いに来てくれていたんだが、一月、二月とたつごとに、来客の数も減っていって、今では彼女に見舞いに来る奴なんて、家族のほかに、ほとんど誰もいなくなっちまっていたっていうんだ。信じられるかい?突然意味のわからない不治の病なんかに犯されて、それでひとりひとり友達は減っていき、最期にはたったひとりで、誰にも知られずにさびれた病室の片隅でこっそりと死んでいくなんてことが。でも、このなにもしらないかわいいお姫様には、本当にそんなことがおこったって言うのさ! 

それで、この奇妙な来客にも、彼女は替えようもない大きな安心感をもらったんだな。で、なんとも嬉しそうに、その真っ赤な薔薇をグラスに挿したり、それから少年が果物ナイフを取り出して、丁寧に冷蔵庫に転がってた青りんごをむいてあげたりなんてことをしているうちに、ふたりの間には真正なる友情が芽生え始めることができて、やがて仕舞いには、また明日も必ず来るって、固い約束を交わしたくらいだった。かわいらしくゆびきりなんか交わしちゃってな。それも三度もだぞ。 

で、それから毎日のようにお姫様のところに、少年はお見舞いに行くようになったんだ。真っ赤な薔薇は馬鹿みたいだからやめたらしいんだが、それでもメロンを買うような余裕は中学生の彼にはどこにもなかったから、土産には道端に生えていたタンポポをひっこぬいたり、妹の育てていた牡丹を秘密で拝借してきたりしてな。時にはお隣さんの百合を黙って切ってきちゃったりしたこともあったりしたらしいが、そのたびに彼のお姫様は大喜びで、枯れちゃったやつも決して捨てようとはしないで、綺麗にゴムで束ね、病室の窓際の壁に画鋲でとめて次々とドライフラワーにしていったんだという。これがまたとても華やかで、医者や看護婦たちも大変おもしろがり、しばらくの間病院中で、ドライフラワーが大いにはやったという小噺つきさ。 

そんなわけで、毎日毎日違う花を一輪ずつ持ってくる変わった中学生くんは、病院でも今やちょっとした有名人になっていた。初めは彼のことを笑っていた看護婦たちも、次第にこの熱心な中学生に敬意に似た関心を図るようになってきて、時には『これをふたりでお食べなさい』なんて言って、缶コーヒーやらバームクーヘンやら(ナースステーションてのは大概そんなものが有り余ってるんだよ)をよこしてきたりしたんだという。中学生の方も礼儀正しく『ありがとうございます』って馬鹿丁寧にお辞儀するもんだから、あらま、なんていい子なのかしらってなわけで、やがて中学生くんはこの病院の名物見舞い人になっていったのさ。 

ところがある晩、いつものように少年が花を一輪握り締めて病室に行くと、今日はお姫様の様子がおかしい。なんだか白い顔をして、いくらおもしろい話をしてやろうとしても、無理に笑っているように見える。少年は不思議に思ったんだが、まあなんだか長い病院生活の中には、いくらかおもしろくないこともあるに違いあるまいなどと思って、そんなに深く気にもとめなかった。まあ、この少年もなんだか油断してたんだろうな。本当のことを言えば、今だっていつだって彼女はたった一人で不治の病と闘っているんだって言うのに、彼女はそんな様子はおくびにも出そうとしなかったし、いつも高らかなかわいた笑い声を、小さな花だらけの病室にころころ響かせていたって言うんだからね、だからこの少年が、いつ死ぬともしれない重病人を目の前にして、こんな鈍感な反応しか示せなかったというのも、つくづく馬鹿みたいな話なんだけど、それでも決して現実味のない話ってわけでもないんだよ。少年はなんだか、この楽しくて幸せな日々が、わけなくすいすいと、永遠に続くような気がしてたんだな。いや、どう考えたってそんなわけがなくて、こいつは正真正銘の大馬鹿なんだがね。いや龍郎、この少年は本当にどうしようもない、馬鹿も馬鹿の大馬鹿だったんだよ。 

少年は何も考えずに帰ろうとした。じゃあ、といって席をたち、引き戸をあけようとしたときに、お姫様が『あ。』と言った。少年は笑いながら上機嫌な顔で振り返った。するとお姫様が顔をひきつらせながら笑っている。でも少年はどうしようもない馬鹿だからそのことにすら気づかない。不思議そうに『どうした?』と聞くだけだ。少しの沈黙があってから、お姫様は真っ青な顔で、『さみしい。』と言った。少年は少しだけ動揺したが、こんなことは前にも何度かあったので、また来るよ、と言って優しく微笑んだだけだった。そうして、彼女が震えながらこくり、こくりと二度頷いたのを見届けてから、きっと明日ね、といって静かに扉を閉じた。 

結局その晩にお姫様はころっと死んじまった。赤、黄、紫、少年が持ち込んだ、幾百もの色鮮やかな花々に囲まれていた。 

何はともあれ、町にひとつしかない、小さな葬儀場で、式は粛々と行われた。少年には彼女が死んじまったこと自体がまるで理解すらできなくって、雲ひとつない真夏の空の下で、ただぽけーっとして列に並んでいた。セーラー服に黒い腕章を着けた同級生の少女たちが、隣でぺちゃくちゃとおしゃべりを続けていた。やがて悲しくなったのだろうか、おしゃべりはやみ、彼女たちは人目も憚らずに大きな声を出して泣き始めた。途端に少年には、自分がここにいることが、大変場違いなように感じられてきた。そうして、なんだか今すぐにでもここから逃げ出したいというように思った。 

でも、それってなんだかおかしな話じゃないか。それってなんだかおかしな話だよ。だって、どうして少年の方が葬式から逃げ出さなくちゃいけないんだ?毎日彼女のお見舞いに行っていたのは、彼女たちではなく、少年の方なんだぜ。一度もお見舞いにすら来ようともせず、平気な顔をして葬列に並んでるのは連中の方なんじゃないか。なあ、おまえは、そう思わないか。だからやっぱり、これはおかしな話なんじゃないか。 

少年は、なんだか、自分と彼女が、この世界にたったふたりっきりで取り残されてしまったような気がした。世界中の全てのひとたちと、自分たちふたりが、どうやったって永遠に理解しあえないような気がして、そうして、永遠にふたりでおいてけぼりにされてしまったような気持ちがして、とてもとても悲しくなったんだ。 

少年は、この場所にいることが、最早一秒ですら、どうしても耐えられなくなってしまった。それでタイミングを見計らって、こっそりと棺に近づいて、人形みたいになった彼女の顔をのぞきこみ、やさしくその冷たい頬にふれた。それから、ポケットから枯れた薔薇の花びらを何枚か取り出し、静かにそれを差し込んで、彼女に別れをつげたんだ。少年は、式場の外に出て、駅に向かって駆け出した。そうして、たった七百円の持ち金で、電車にとびのったんだ。どこに行くかなんてこれっぽっちも決まっちゃいないが、それでも少年は、なんてったって絶体絶命に、誰も知らないどこか遠くにいかなくちゃあならなかったんだからな。そうさ、それだけは決まってた。夕焼けの赤が、車内を鮮やかに染めていた。ごとごとごとごととゆられながら、少年は腕組みをして、支離滅裂なことばかりを考え続けていた。どうして自分が生きているのか、どうして彼女はいなくなってしまったのか、どうして自分はここにいるのか、どうして自分はこんなにばかなのか。ぐるぐるぐるぐると、いくつもの考えは浮かんではあざ笑い、そうしてまたすぐに消えた。車窓から眺めるビルや家は、赤々とした光にいまにも溶け出してしまいそうで、少年はどうして世界は溶け出さずにいるのだろうと考えた。 

少年は完全に陽が落ちたのを確認すると、その次の駅で、全く無計画に電車をおりた。なあ、東京育ちのおまえにはわからんかもしれんが、さびれた田舎の星ってのはやたらに綺麗だ。明るくって、夜道を煌々と照らすくらいだ。少年はあたりに誰もいないのを確認すると、何食わぬ顔で柵をとびこえ、ひらけた外にでた。少年の耳元を生暖かい潮風が吹いた。海沿いの小さな町であった。道なりの遥か下の方に見える黒々とした海に向かって、少年はてくてくと機械的に歩いていった。海にはつき光が落ち、光の滴が楽しげに踊り続けていた。少年には何のあてもなかったが、少年には自由があった。」 

Aはつまらなそうな顔をして、静かにタバコを揉み消した。ぼくはあっけにとられて、口をあけたまま彼の話に聞き入っていた。窓の向こうでヤンキーのバイクが、けたたましく彼方へ走り去っていった。 

「まあ、なんだかんだいって所詮中坊の家出だからな。ひとりで子供が夜中にふらふらしてんのを黙ってみてる警察なんていないわけで、あっという間に家に連れ戻されちまったよ。そんなわけで二日家を空けた少年はうまれて始めて親父に本気で殴られたわけだ。けれど少年は思うんだよ。今までの何もなく平和な日々が本当だったのか、今日から生きていく自分が本当のことなのか、生きるっつうのは当たり前だが痛いんだからな。そうだ少年はその日からこの世界相手に、たったひとりで戦争を始めたんだ。世界の終わりさ。最終戦争さ。物語の終わりは、少年の壮絶なる戦死で初めから決まってる。でもねえ、これって変な話だよな。まったく変な話なんだけどさ。でも、やっぱり、彼女が死んだから少年は生きることができたのさ。だって、誰も死ななかったとするならば、やっぱりそれは……みんな死んでるのとまるで同じことじゃないか! 

しばらくして少年は、人からのまた聞きで、生前お姫様が、少年がギター弾いている姿が格好いいとか友達に言っていたらしいということを知る。そう言えば少年は確かに、一度みんなの前で、へたくそな歌とギター演奏を披露したことがあったのだった。果たしてこの話が本当であるかに関しては、まるで確証がなかったのであるが、やがて少年は何かに取り憑かれたように、昼も夜もなく、指先を血豆だらけにしてギターを弾きまくるようになる。彼女に憑かれてたのか、自分に憑かれてたのか、はたまた生きるということに憑かれてたんだか、それはわからないのだがな、しかしな、龍郎よ」 

突然Aが顔を上げた。「なあに、三文小説さ。だけどな、この小説はこう締めくくられるんだ。『少年は、あのとき、世界中のどんな連中よりも、自分と彼女の方が絶対に正しかったんだってことを証明するためだけに、今もギターを持って歌ってる』ってな。なあ、ろくな小説じゃなかっただろう?」Aは真っ青な面をして、ぼくの目を真正面から直視した。その目は烈火のごとく燃え上がり、今までぼくが見たどんな眼よりも強く、激しい情念を宿していた。 

この話を聞いて以来、尚更ぼくは彼のことが大の大好きになった。








2008年7月4日金曜日

流れ出す血液


「目に見える世界の直下で得体の知れないものの巨大な動きがはじまった。それは、予想もつかぬ圧力と緊張のエネルギーをみなぎらせ、満ち干を繰り返す、灼熱した液体をなみなみとたたえた海であった。」(W.Erbt)

「打ちつける怒涛のように煙が噴出してきた。真っ黒い泥濘と泡と飛び散る土くれ、石や氷の塊からなる涙。うなりをあげて跳ぶ飛沫と、轟々たる爆発物のガスからなる竜巻と共に五重の死がやってくる。彼の目は大きく見開かれ、心臓は一斉に広がり、再び燃えながらはじけて縮み上がる。……神代、大地は融けてはじける泡の立つ粥かぬかるみに姿を変えてしまったのだろうか。爆発したガスと圧力と内部の溶岩流によって垂直に宙へと吹き上げられているのだろうか。それは汚物と吐瀉物からなる大洪水なのだろうか。」
(F.Schauwecker)

私たちは放出を必要とした。流れるもの、私の中に流れる熱を帯びたどろどろの粥状の血液が沸騰し、射出する先を求めて体内を循環した。身体から流れ出るとは、一体何が流れ出るのだろう。我々の身体には、一体何が流れているというのだろう。涎、涙、血液、精液、吐瀉物、糞便、これらを沸騰させ、流れ出すことを必要とする火鍋とは一体何なのだろうか。確かに、精液は射出されるべき粥状の血液そのものであった。ペニスというリボルバーから撃ちだされた沸騰する血液は、必ずや敵を見つけ出し殺戮することで満足する必要があった。どうしても敵がなければ自らを殺戮する。こうしてオナニズム(ナルシズム)とマゾヒズムの連帯が、自明のものとしてしてそこに生まれる。 

人間の身体に、ナイフを突き刺す時に得られる興奮と、同じくペニスを突き刺す時に得られる興奮は、言うまでもなく同様のものである。拷問や剣闘士の闘いは、常に上流貴族にとって最上級のポルノグラフィであった。そうして、恐らく他の生物種に見られぬ人という種のだけの異常な偏執狂的な行動の本源は全てこれだ。流れ出し、溶解させ、破滅する。(させる。)敵が、敵が必要だ。敵だけが私たちの血液を受け入れてくれるからだ。戦争と革命、これらは全て射精のためのものだ。流出する血液をこぼす受け皿だ。それらは全て、平和だの正義だのというよくわからぬ大義名分のために行われたのであるが、本当のところは射精がしたかっただけのことであった。平和だの正義だのというのは堂々たる射精の大義名分に過ぎぬ。平和な世界に住む私たちには射精の大義がない。敵を見つけることすらできなかった私たちは、オナニズムそしてマゾヒズムにだけ逃げ場を求めた。繰り返し行われる自らの手による血液の流出。行き場をなくして沸騰したそれは、自らに銃口を向けてまでも流出を求めたのだ。性器的な快楽と性的な快楽は異なるが、性的な快楽におけるオナニズム・マゾヒズムは、恐らく本来的なオナニズム・マゾヒズムのひとつの(最も手軽な)回路に過ぎない。オナニズム・マゾヒズムの本性は、性的な回路という目に見える氷山の下に、巨大な抑圧回路を持って潜んでいる。自らのオナニズムを笑うな。私たちの中に流れるどろどろの血液は、外から強くぎゅうとおされることで、圧力鍋の中の粥のように沸騰し、煮えたぎり、やがて爆発と放出を求めていた。貴方はそれを直視することを恐れた。直視すればすなわち、たちまちにして貴方の血液は身体中の穴と言う穴からあふれ流れ出し、貴方は溶解し、世界と同じになり、消えてなくなってしまうに違いないからだ。あなたはそれを恐れるがゆえに笑った。青ざめたまま、笑ってそれに蓋をした。 

かつて性が性器的なものにすぎなかった時代、性はタブーではなかったのだが、しかしやがて性が私たちの身体の中に流れる血液と結びつき始めたとき、性は恐るべき人間世界の自滅と崩壊への可能性として忌避されるに至ったのだ。しかしながらそれは、決してなくなったわけがないのであって、実際に沸騰し、流出する先を求めて荒れ狂うように体内を循環し始めた血液は誰にも止めることはできないのだ。そうして、二十世紀は戦争と革命の世紀であった。人々は流れ出すために、戦争し、革命したのだった。 

私の血液は、私の外に出ることを求める。私の魂は、私の外に出ることを求める。私は、私の外に出ることを求める。それは死ぬということだろうか。それとも、人ならぬ神類の誕生だろうか。