2019年4月1日月曜日

君の結婚とぼくらの青春に祝福を

一昨日結婚した友達が、式で「この歳になって気づくなんて遅すぎるかもしれないし恥ずかしいことだが、最近ようやく日々を過ごしてゆくことにささやかな誇りを持つようになった」と言っていた。

友達とは中学から一緒だが、仲良くなったのは高三の終わりからで、ハイデガーとかアドルノとか、そういう哲学書の感想を言い合える相手がお互いいなかったからだ。

彼はいつも「山田くん、もっと凄いところに行きたい。こんな下らないところ抜け出して、もっと哲学や思想の話をたくさん出来る奴がたくさんいるところに行きたい。だからぼくは頑張っていい大学に行くよ」と言っていた。

ぼくらはハイデガーもアドルノもよく分からなかったが、誰と誰が付き合ったとか、誰と誰が別れたとか、どこが年収が高い大学とか、どこが遊べる大学とか、そんなことばかり話している連中よりも自分たちは幾ばくかマシだと思っていた。実際それが「ほんの幾ばく」に過ぎないことは分かっていた。自分も自分がつまらないと思っている連中と大差はないことには気づいていた。本当に楽しい場所はどこにあるのか、本当に自分が居るべき場所はどこなのか、ぼくらには想像すらつかなかった。けれども、ここでないことだけは分かっていたのだ。

ほどなくしてぼくは受験に落ち、彼はK大に入った。ぼくは浪人をすることに決め、池袋をふらふらしながら勉強したりしなかったりしていたが、夏の終わりごろに彼から連絡があり「山田くん、ここも高校と変わらないよ。ぼくは仮面浪人をしようと思う」と言われた。

やがてぼくも大学に入り、彼は再受験をしてT大に入った。でも彼はやっぱり不満げだった。「山田くん、ここも同じだ。どいつもこいつも、下らない話ばかりしている。どこかに、本当に楽しい場所はないのか」ぼくもまた、大学が高校と大して変わらないことに気づいていたが、もう彼のようにそれを探す気にはなれなかった。多分、どこに行っても同じなのだ。「ぼくは外交官になる。それはここよりも更に選ばれたエリートが集まるところだ。そこまで行けば、きっと楽しいと思えるはずだ」ぼくはその考えを決して正しいとは思わなかったが、彼の気持ちには共感した。

それから彼は外交官になり、ぼくはバンド活動ばかりやっていたので疎遠になったが、彼がエジプトで催涙弾を食らったり、イギリスの大学で先生をしたりしているという話を風の噂で聞いた。ぼくはライブハウスでギターを叩いたり壊したりしながら、よく彼との記憶を思い出していた。ぼくらは哲学書を読むばかりでなく、一緒に靖国神社へ遊びに行ったりしていた。資料館で特攻隊の遺書を読んだりして、日本の戦争について話し合った。隣接している食堂で、海軍カレーを食べながら彼は言った。

「生きてる実感がさ、欲しいんだよ。あの時代に生きていたら、運命が初めから決められていたら、ぼくも生きている実感がしただろうか」

ぼくはギターを叩いたり壊したりして、ステージをゴロゴロ転がったりしながら、今、生きている実感があるだろうかと自問した。分からない。これが正しいとも思わない。ただ、これしか出来ない、こうするしかなかった、おまえもそうなんだろう?と思った。

Kくん、君の言った言葉を思い出す。その言葉ね、確かイチローも同じことを言ってたよ。村上春樹も言ってたな。どんな賞が取れたとか、取れなかったとか、外野はいつだってそんな下らないことばかり話しているけれども、自分はただ、日々をしっかり過ごしてきたことに、ほんのささやかな誇りを感じるって。

ぼくは君の奥さんのことをあまり知らないよ。でも、君にそう思わせた人なんだなってことは分かる。だって君がそんなことを言うなんて、思いもよらなかったからね。だから、本当によかったよ。結婚おめでとな。










2019年3月14日木曜日

夢十夜(第93夜)


夢の中で親父とケンカをした。

それで家を飛び出して、無性に走りたくなって山の中を駆け出したんだ。家が山の中にあったんだな。

ずっと下り坂で全然疲れなくて、結構な速度が出た。
左右にくねくね曲がる道をしばらく走ると、そこに爺さんとうり坊、要するにイノシシの子供がいた。

おれはあぶねえと思ってうり坊を避けたんだが、うり坊は何度でもこっちに向かってくる。おれは逃げ回った。

やがて爺さんが「どちらかが囮になるしかない」と言うので、それ以上行く必要もないかと思い、坂を戻ろうと思った。振り向くとそこは園児たちの群れで大変なことになっており、その中をかき分けながら進む羽目になった。

行きにはまるで気付かなかったのだが結構な急坂で、そこら辺の木の根やら石やらに両手をついて上る。

坂はどんどん急になりいよいよ園児たちの頭を掴んで行くしかなくなってしまったが、あっちは「お爺ちゃん何歳?」と呑気なものだ(いつの間にかおれは爺さんと同化してしまったらしい)。

ずっと上っていくと最後はハシゴを上るしかなくなって、何処からか「まだ上るぞ、スゲーぞあの爺さん」と声が掛かった。

91段、92段、93段、するととうとうハシゴの先の木の根元に、人一人入れるほどの穴があった。おれは助かった、と思った。



そこに入ると、妻が突然「横文字のキャッチフレーズが欲しいね」と言った。

それがどんなだったかは忘れたが、「ああやって森に入って、一人一人消えるようにいなくなっちゃうんだよね」「それで消えちゃった人たちが暮らす国があるんだよね」と言った。おれは「へえ」と答えた。








2019年2月23日土曜日

ナンバーガールに追憶を寄せて2

ナンバーガール復活のニュースに興奮したおれは、気づくと日記をしたためていた。先日の話である。ずっと何かを書くということに躊躇し続けていた自分が突然あんな風に語り始めたのかよく分からない。もちろん嬉しかったのだと思う。ナンバーガールは自分にとって性衝動と破壊衝動の象徴なのであり、それこそがロックンロールの全てである、少なくとも自分にとっては。恥ずかしい話だが、このニュースはきっと自分に「あの頃の気持ち」を思い出させてくれたのだ。

ぼくはもう十年くらい、書くということにずっと躊躇し続けてきた。何かを書く、言葉を発するということそのものが刃なのであり、決して完全には暴力と袂を分かつことが出来ないことについ思い馳せてしまい、気付けば興冷めしたようにはたと筆が止まるのである。何かを表明することは、誰かを傷つけることだ。たとえその言葉が誰かを救うかもしれなくても──もっともその考えが心底おこがましいのだが──、誰かを傷つけたことのエクスキューズにはならない。誰も傷つけないまま、暴力衝動と性衝動がとてつもない熱量によって閉じ込められた破滅的な磁場、ぼくはずっとその言葉を探して真っ暗な宇宙をさまよっている。そうしてかれこれもう十年も経つ。

ロックンロールなんてもう流行らないのかと思っていたと書いた。現代においては破壊衝動を持つこと自体が罪になりうると書いた。破壊的な衝動のないロックンロールなど、ロックンロールと言えるだろうか。どれだけ巨大な爆音をマーシャルから轟かせても、どれだけ過激な言葉を曲中に散りばめても、そこにロックンロールの神は降りない。そういえば、初期のエレファントカシマシのライブは、それはもう緊張感に満ちたものだったと聞く。時にはミヤジが血走った目のまま無言になり、何分も演奏が止まることもあったという。客の方もいつミヤジにぶん殴られるか分からない、あるいは客の方こそぶん殴ろうとしてたのかもしれない。ヒリヒリとした時間は凍り付いたまま、唾を飲み込む音すら聞こえる。ロックンロールとはきっとそのように細く張り詰めた、美しいワイヤーのようなものだ。いつ切れるか分からない、余りに細いワイヤーが私たちの神経を異常なまでに研ぎ澄ます。敏感にする。鼓動や吐息が爆音のように聞こえてくる。爆音とは決してデジベル数に変換できるような、数値的音量のことではない。

ナンバーガールドラムス・アヒトイナザワが、レイシスト(人種差別主義者)であると批判を受けているようだ。政治的に過激な歌詞や、彼がフォローしている人物が問題だという。ぼくには一体どこが差別的なのかよく分からなかったが、許さない人はどんなことも許さないものだ。

人種差別について考える。たとえばぼくが外国の学校にいて、ぼくが東洋人だという理由でぼくの母を侮辱したヤツがいたとするだろう。ぼくはソイツを殴らなければならない。どんなにソイツが自分よりカラダがデカくて、筋骨隆々で、州大会でチャンピオンをとったこともある、ボクシング部のマイクタイソンばりの黒人だったとしても、ぶん殴らなければならない。勝てないとわかっていても、わからせるまで絶対にやらなければならない。それは個人の誇りをかけた戦いだ。覚悟と勇気をもってやりきらなければならない。場合によっては、ナイフを持ち出さなければならない。彼がレイシストであるかどうかなんてことは、ぼくにとっては1ミリも問題ではない。問題は、彼がぼくの母を侮辱したことにあるのだ。そこに政治や社会の問題など持ち込まれたくない。

つまるところぼくにとってそれは、徹底的に個人的な問題だ。ぼくの彼に対する怒りは、「レイシスト」なんてよく分からん横文字のレッテルに収まってしまうほどぬるくはないのである。そして、ぼくはこうも考える。彼がぼくの母を侮辱したからと言って、州大会チャンピオンの座を、はく奪されるべきではない。なぜなら、そんなことをしたからといってぼくの怒りが1ミリも収まるものではないし、大体そんなものをいくらはく奪してみたところで、彼が圧倒的に強いボクサーであることは、何一つ否定できないからだ。例えば彼が、チャンピオンの座をはく奪されたくないからという理由で、自分の発言を取り下げたとしよう。事件は表面的に解決を見るかもしれないが、そんなことでぼくは決して納得しないし、彼もいずれまたどこかで同じようなことをやるのである。だから、ぼくは彼を殴る。99%返り討ちだとしても殴る。世間や社会のことなど関係ない。彼が自分の言ったことを理解するまで、分かり合えるまで殴る。それ以外に、この問題に解決はない。

そうやって、返り討ち覚悟で自分より強いやつを殴ろうとしに行く奴のことを、必ず誰かが見ていると、ぼくは信じている。信じているので生きていることが出来る。しかし誰が?ボクシングの州大会チャンピオンよりも強い誰かだろうか?お天道様?それとも──そう言って差し支えなければ──神だろうか。

誰かがぼくの消しゴムに「しね」と彫った。上履きに母さんがマジックで丁寧に書いてくれたぼくの名前に、上からバッテンがされていた。体育から戻ってきたら、自分のお弁当が机の上にひっくり返されていた──全部かすれてとうに霧のようになってしまった、遥か彼方の記憶である。どこにも居場所がないと、ヘッドフォンをしたままいつも伏し目がちに歩いていた俺は、やりきれない気持ちになったとき、何度もロックンロールに勇気をもらった。ロックンロールを聞けば、いつだって俺はヒーローだし、革命家だった。ロックンロールは、臆病者には何もしてくれないが、弱くても立ち上がろうとする者のことは絶対に見捨てない。「99%負け戦でも、最後まで立っていて一矢報いてやれ。そうすればお前の勝ちだ。たとえ死んだとしても、おまえは人生に勝ったんだ」あのときおれの耳元でそう囁き続けたロックンロールの神を、おれは未だに信じている。



2019年2月15日金曜日

ナンバーガールに追憶を寄せて

おれは17歳のときにはじめてナンバーガールを聴いたんだけれども、本当の意味では初めて刺さったロックンロールかもしれなくて、それは「なんてカッコいいんだ」と思うと同時に、「なんて気持ち悪いんだ」という気持ちも少なからずあったように思う。向井秀徳の歌はとてつもなく甲高いスネアの音と、ごん太のモズライトベース、轟音をかき鳴らす金属じみたギターの向こう側でかすれるように風景の中の少女への憧憬と性的衝動への自問自答を叫ぶといったもので、まだ今ほどオタクが市民権を持っていなかった当時、少女に異常な執着を持つ向井の歌詞は客観的に見れば変質者以外の何物でもなく、それは一介の男子高校生がかのバンドが好きということを公言することを憚るのに充分な理由であったように思う。(TLが「あのころナンバーガールを聴いていたやつなんて全然いなかったのになんでこんなに盛り上がっているんだ」となっているのはこれが一因であるような気もする)。

いずれにせよ自分にとってナンバーガールは「ロックンロールってなんて恥ずかしくて、本当に恥ずかしいものはなんてカッコいいんだろう」ということを教えてくれた先生であり、そしてその恥ずかしさの理由は、ナンバーガールの音楽は向井氏が本来目も当てられない代物であるはずの自分の性的衝動と率直に真正面から向き合ってひねり出した音であるというところにあると考えられ、そういう意味で、生涯童貞を貫き妹への憧憬を文学にしたためた宮沢賢治の書く物語たちにも似ているかのように思えた。自分はナンバーガールや宮沢賢治を通して性的衝動や暴力衝動、つまるところの「リビドー」と言われるものが恥ずかしい、みっともない、醜いばかりのものではなく、こんなにもカラフルでサイケデリックな世界を描くことがあるのだということを知った。そのとき自分の人生は文学とロックンロールに捧げることになるだろうということをおれは天啓として受け取ったのだった。

平成も終わる今日2019年の世界において、性的/暴力衝動、つまるところのリビドーは、社会より無用の長物として烙印を押され、それをうまく扱えないことは彼が畜生にも等しい人間であるということの証明と化しつつあると、誰かがうそぶいていた。そんな中、ロックンロールといういわば暴動のイミテーションともいえる衝動音楽は次第に行き場所を失い、時代遅れの産物として息絶え絶え虫の息、博物館入りも目前の代物なのかもしれない。にもかかわらず、ナンバーガールがこんなにも根強く人々から支持され、その復活を歓喜の声をもって受け入れられていることは、ある種宗教的奇跡の光景のようにすら見える。「こんなにも、こんなにもロックンロールを未だに信じている連中がいたのか」とおれは流れるタイムラインに目を丸くし、舌を巻いている。

歳を追うごとに一人、また一人と友人たちがバンドをやめていった。それはどこをどう切っても、仕方のないことである。誰もが自分の人生を、ギリギリの決断の末選び取っている。他人がどうこういうものではないことは明白だ。ましてやロックンロールは芸術である。勝手にやって勝手にやめるというのが道理というものだろう。そんなことは百もわかっている。おれは今そんな話をしているのではない。ひょっとしたら寂しかったのかもしれない。初めてナンバーガールを聞いた帰宅ラッシュの東急東横線の中、「自分だけのロックンロールを信じる」と誓ったあの気持ちを、決して忘れたわけではない。しかし二十年近くも経てば、あの時信じた神が、本当に命を懸けるほどのものだったのか、それとも若者によく見られる一時的な情緒不安定やメランコリーに類するものに過ぎなかったのか、つまるところただの幻影にすぎなかったのか、次第に不確かなものへと変わっていく。性や暴力の衝動を美とするなんて趣味はどうかしている、いくら芸術家の手を経ても暴力は暴力に過ぎぬのであり、いくら美に描き変えところで倫理的に許されるものではないのだぞと脅迫する声は、日を追うごとに近くなってくる。軍靴の音が聞こえてくる。自分は流されてゆく。そんな感情はいっそなかったこととし、追憶と余生をもって大人の証としようとする。ついにはとうとう一度信じた神を手放そうとする。そしたらいったい自分に何が残るのか、きっと何も残らないさァ。生活して、排泄して、死ぬ。すべての人間はそうして生きてきたじゃないか。と、そこまで思いつめてもどうしても棄教できなかった信仰なのである。自分にとって、ロックンロールという神は。



2018年7月18日水曜日

大麻考

ぼく自身は大麻をやったことはないのだけれど、昔よくやっていたという友達がいる。

大麻を吸うとカラダから魂が抜け出て、だだっ広い宇宙空間のド真ん中に連れて行かれるという。そうして、"すべて"が分かるのだそうだ。"すべて"というのは、言葉の通り"すべて"だそうで、人生の意味から宇宙の真理までの"すべて"が分かってしまうというのだ。

ところがこの"すべて"、大麻が抜けるとスッカラカンに忘れてしまうらしい。勿体ない、覚えていれば教祖にもなれたろうに。諦め切れない彼は思いつきで一計を案じた。手元に鉛筆とノートを置いたまま葉っぱを吸って、"すべて"が分かった瞬間に書き留めようというのだ。

さっそく煙をくゆらせて天井のシミを見つめていると、間もなくその瞬間はやって来て、次第にシミがそこにあった意味、それが伝えようとしていること、シミと自分の1000000年にも及ぶ因果などがゆっくりと了解されてきた。なるほど"すべて"は初めからそこにあったのだと彼は理解した。早速ノートに書き留める。「すべてが分かった。すべては初めからそこにあったのだ」

さて、正気を取り戻してノートを見てみるとなんのことはない、ミミズが捩れたような文字でたった一行「すべては初めからそこにあったのだ」とあるばかりだ。これには随分ガッカリしたそうだ。

大麻をやっているときの感覚は、夢の中に近いらしい。ある程度の明確な意識があるという点においては明晰夢というのがより正確だろうか。魂が肉体から幽体離脱して、自由に物事を考えはじめる。「質量のない世界では、物理法則に縛られたこの世界とはまるで考え方が異なるんだ」

「あの世界では」半信半疑で聞いているぼくを尻目に喋り続ける。「どんな些細なことも感動的だし、全てに意味があるんだ。そして、どうしてぼくらが今、そう感じられないかと言うと、忌々しいこの肉体が、ここに在るからなんだ。ぼくらは骨の軋みや血液の逆流、内臓の膨張、凡ゆる重さの在ることに意識を混濁させられて、この世界を何一つ正確に感じ取ることは出来やしない。マリファナはそれを解放してくれるんだ。重さがなければ"すべて"が了解される。そう、本当に"すべて"なんだ」

大麻をやって魂が抜ける度、彼はいつも「ああ!そうだったのか!」と叫んでしまうと言う。なぜこんなにも簡単なことが今まで分からなかったのかと、自分で気づいて一人で驚いてしまうのだ。そして何となくだが、もう自分は何億回もこんなことを繰り返していて、毎回魂が抜ける度に今は何億何万何千回目で、「"また"だ!またオレは、生きているうち気づけなかった!」と思うのだそうだ。

宇宙の中心に引き摺り出されて、創造神の前で彼は問われる。神さま:「何回目だ?」彼:「72億5386万0294回目です」神さま:「また気づけなかったな」彼:「ハイ…」重さのある内にこれに気づけないのがカルマというもので、人はそれぞれ重さのある内に自分のカルマを克服する必要がある。そして、全部のカルマを乗り越えたときにようやく解脱するんじゃないだろうか、オレはそう思うよ、だって神さまに「やり直し」って言われたもん、それだけは覚えてるもん、と彼は言った。





2017年4月22日土曜日

蕎麦屋


地元には愛すべき蕎麦屋があって、わざわざ遊びに来てくれた友達を時々連れていく。

新聞を読むおじさんから家族連れに部活帰りの高校生、果てはおひとりさまのOLまで、食事時はいつだって込み合っているから、お昼下がりとか、夕方とか、少しずれた時間帯に行く。

玉子焼きを注文して、日本酒を一杯やってから(王子は玉子焼きが名物なのだ。たぶん語呂合わせだと思う)しばし歓談して、盛り蕎麦を食べる。奮発するときは天ぷらの盛り合わせを食べる。誰かが天ぷらは揚げたてを、親の仇のように食えと言っていた。実際、蕎麦も天ぷらも着いた瞬間に食べるのがよいので話はそこで途切れてしまう。そうして、食べ終わったころには何を話していたかも忘れてしまう。その感じがいい。議論に迫中して味わうことを忘れるなんて無粋もいいところだ。そういうところが蕎麦が粋な食べ物だと言われるゆえんに違いない。得心してすする。

ネギについて。通は蕎麦湯に取っておくなどと言うが、ぼくは気にしない。大した量でもないので、つゆに入れてしまう。ただワサビを解くのだけはよくないと思う。香りが飛ぶ。直接少量を箸にとり、蕎麦につけて食うのがよろしい。取る量は二三本がよいなどというが、ここもさほどこだわらない。口の中でモグモグやってもいいと思う(´~`)モグモグ

蕎麦には付け合わせのお新香が付くが、冬には白菜で、夏にはぬか漬けのきゅうりに代わる。醤油を二、三滴かけて食べるのだが、一度誤ってソースをかけたことがある。あれは悲しかった。しかしこの蕎麦屋には竹輪揚げがあるのだ。竹輪揚げがあるなら、ソースが置いてあっても仕方がない話だ。あきらめて駄菓子風の味付けになったぬか漬けをたべる。

実は竹輪揚げどころか、ハムカツも、こんにゃくの田楽味噌もある。しかしカレーはない。これはギリギリのところだ。カレーやラーメンがあったら、立ち喰いそばになってしまう。でもハムカツや田楽味噌なら、蕎麦屋がやってても、サービス精神ということで許されるのではないだろうか。ぼくはこの蕎麦屋が好きで、この町の人間もこの店を愛している。それでいいんじゃないだろうか。

ところで一駅向こうの街に素晴らしくいい蕎麦屋が出来たというので行ってみたことがあるが、あれは馴染めなかった。三ツ星か何かで修業したという板前が作る?本格的な蕎麦屋という触れ込みで、まだ開業したばかりの店前には行列ができていた。蕎麦が出てきて驚いたのはつゆが出てこないことだ。蕎麦そのままの味を味わってほしいから、塩で食ってほしいという。面喰いながらも塩だけつけて食ってみると、確かに恐ろしく美味い。なんというか、甘みがある。周囲に座っている人もみな美味いと言っていた。

すごい蕎麦屋もあったものだなあと思ってお茶をすすっていると、後ろの席の声が聞こえてきた。テレビ局のプロデューサーらしき人が、どこかのお偉いさんらしき人を接待しているらしい。ここの店主がいかにすごい人で、使われている蕎麦がいかに貴重か、この店が経営者の中で有名な某雑誌の中で紹介されていたこと、さらには蕎麦湯の漆が如何にエレガントかまで、立て板に水を流すよう話していた。そんなにいい店だったのかと驚いた。冷静になってみると、座っている人に地元の人は誰一人いないようだった。そのあとお会計でもう一度驚いた。クレジットカードで払った。

それに比べて地元の蕎麦屋は特に語るべきところがあるものというわけではないがやはり落ち着く。なにより地元人に愛されているというのが良い。蕎麦は必ずここでなければならないというわけではまるでないのだが、小腹が減るとなんとなく立ち寄ってしまう。店主の感じもえばってるわけでなく、かといって工業的に蕎麦を作っているという感じでもない。「めっちゃ美味しかった」と感想を言うと「本当」と顔を少し赤らめ、嬉しそうにする。彼は蕎麦を作ることに誇りを持っているが、決して自意識を持っているわけではない。それがいい。この店の店主にとってはたかが蕎麦、されど蕎麦なのだ。

腹いっぱいになり、満足して友達と歩いているとこんな話になった。テレビについて。4Kテレビは気持ち悪い。自分の視力が5.0くらいあるんじゃないかというくらい、あらゆるものが鮮明に見えてしまう。人間の目は本当はこんな風に出来ていない。例えばぼくが仕事で漫画を描くとき、あえて背景は描かなかったり、彩度をだいぶ落としたりする。キャラクターが際立って見えるようにするためだ。恐らく人間の目はこれに近い。必要なところ以外はぼんやり見えるようにできている。しかし4Kは全部が主張する。背景がうるさい。くっきりしすぎている。

なるほど、と友達は言う。「少し違う話かもしれないが」と切り出す。音楽について。すべての楽器がよく分離して聞こえることは一見、無条件でよいことのように思われがちだが、それは本当に音楽的だろうかと。実はレッドツェッペリンのドラムは、リボンマイクひとつ(ひとつ!)で録音されていることがあったりして、決して分離がよい、くっきりした音とは思われないのだが、なんとも言えない熱量をかもしだしているじゃないか、と。

ぼくは応える。ビーチと温泉で知られるとある観光地に住んでいた子供のころ、海沿いのハイウェイをドライブしながら聴いていたカセットの音が好きだった。カーオーディオは決して音質が良いとは言えないし、外からは風の音がひっきりなしに入ってくる。にもかかわらずあの音はたまらなく感動的だったし、今もよく覚えている。それは単なるノスタルジーなのだろうかと。

二人の話のテーマは少しずつずれて、当てどなく綺麗な図形を描いていく。

ぼくらは鮮明なものよりも自然なものが好きなのかもしれないな、と言うと「ライトをばんばんあてた最近のグラビア、全然ボッキしないんだよねー」と友達が笑った。「蛍光灯だもんなぁ、影がないんだもの。ぺったりしててさ、確かに美人なんだけど、見るからに作り物で、あれならオリエント工業の方がいい」「わかる」ふたりで笑っていたら、子供が足元を駆けていった。もう春だ。

「おれはさ」ライダースジャケットの内側を見せながら友達が言う。「革ジャンが好きなんだけど、革ジャンって、バイクに乗るために作られたものなんだよ。それがさ、シルエットがスマートすぎると、なんか違うって思うんだよな。だってバイク乗りづらいもん。本物のヴィンテージはちょっと野暮ったいんだよ。そういう野暮ったいのを、ちょっと腹の出たテキサスのおっさんが、それしかないから着てる、そういうのがいいんだよ。どんなことも本来の用途を忘れたものは美しくないんだ」

「なるほど蕎麦屋に通ずるものがある」

「蕎麦屋って、さっきの蕎麦屋?」

「そう、あの蕎麦屋は美しいんだ。なんでって、所詮蕎麦はファーストフードだよ。腹を満たすために食うのであって、芸術でも娯楽でもない。あの蕎麦屋はそれを分かっている」

「人間は動物であることを忘れると、病んでくるんだよな」

ぼくは自分がサルとあまり変わらないってことを、あまり忘れたくないと思う。だけど人工的なものばかりで作られた都市の中で暮らしていると、だんだん忘れていってしまう。だから革ジャンは地面を転がってもよいものを着て、蕎麦は空腹を満たすために食べていたいと思う。そうしたら、ギターも自然な音が鳴る気がする。言葉にするのが難しいのだけれども、あの蕎麦屋のような、テキサスの腹が出たおっさんが着てる革ジャンのような、そんな感じ。




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2016年9月13日火曜日

透明な日


最近王子神谷ずっと帰らんかったんだけれど、どうしても曲作りができなくて久々に帰ったら一瞬で出来た。



ぼくの家のすぐ裏には墨田川があって、もう少し歩くと荒川があって、とても気持ちがいい。もうこの土地には十年以上住んでいるけれど、ぼくはこの町が本当に好きだ。

川のほとりは、あまりに何もなさすぎ色んなことが次々頭に浮かんで、あっという間に夢の世界へと連れ去ってくれる。








この道はどうだろう。この先にはいかにも「何もない場所」が待っていそうではないか。東京でこういう場所は珍しい。きっとぼくは何かにいざなわれて、戻ってこなくなるのだと思う。






この町はアイストップがない。歩いていても情報がない。だからついつい、ウッカリ、ハカラズモ、フホンイナガラ、自分の思い出や記憶、もういない「だれか」と対話する羽目になる。

人間は話し相手がいないと、どこからでも引っ張り出してくる。そう、それが妖怪だろうと幽霊だろうとおかまいなしだ。そのくらいひとはさみしがりやだ。




この道を逝ったその先でも、ぼくは生き延びていけるのだろうかと考える。あちら側では、すべてがアベコベにひっくり返っていると人はいう。ひっくり帰った場所でも、ぼくはうろたえながらも、ちゃんと生きていけるのか、考える。ぼくはあまり、余計なものを着たり、買ったりしたくはない。それはあちら側では通用しないのではないかと思ったりする。どんな場所でも、どんな世界でも、ぼくらは生き延びなければならない。だれかに呼び戻されてしまう前に、携帯をおやすみモードにする。









あちら側には、もういなくなってしまったものや過去や思い出が全部そのままに(ひとつ残らず!)いて、それでいてケンカすることなくみな仲良く暮らしている。


ぼくもいつか仲良く暮らせるようにと思って、この川のほとりを散歩している。



2016年5月31日火曜日

悲鳴は解散しました




2016年5月23日の林恒平の永眠をもって悲鳴は解散しました。
この先未来永劫、永久に復活はありません。




一昨日までずっと夏のように暑く、晴れわたっていたのに、昨日今日と急に涼しくなって、今はぽつぽつと降り出して、なぜか漠然と、ああ、たぶん雨は、きっと人が死ぬたびに降るんだなあと思いました。


悲鳴は2011年11月の自主企画を最後に、事実上の活動停止のまま、なんのアナウンスもなしで来ましたが、それはまたいつか、なんとなくまた全員でスタジオに入って、自然に音を出したらその瞬間から、何か始まるんじゃないかなんて、心のどこかで思っていて、いつかってなんだよって今はすごく思う。


今、地元のファミレスで、彼が最後に遺した音源を聴きながらこれを書いています。



十九のとき大学で初めて出会って、彼はソニックユースが好きで、すごいノイズの出し方について武蔵境の庄屋で延々と語り合ってから、一緒にバンドを始めて、いつの間にかお互い三十二になってしまった。


三十までに死ぬと言って君に呆れられていたぼくが、君の葬式で弔辞を読むなんてあの頃は夢にも思わなかったよ。なんだか十九で出会った日から今日までのことが、全部夢だったような気すらするな。


告別式が終わってから、円盤に行って、すごく久しぶりにラムコークを飲んだよ。

ここから全ては始まったんだよな。



口下手であんまり人とうまくやれない君と、なんとなく集団行動が苦手なぼくは、うまく大学生活に馴染めなくて、本当はキラキラした青春に憧れながら、ちっとも興味がないようなフリをして、大学の外でバンドを組んだんだ。


今思えば、本当はぼくらは、大学のバンドサークルに入って、新しくできた友達とコピーバンドをして、夏になったらみんなで海に行って、バーベキューをして、外語祭でお酒飲んで、ときどき恋愛したり失恋したりしながら、卒業して、就職して、たまに同窓会したりしたかっただけ、そしてぼくらにはその勇気がなかっただけなのかもしれないな。


コマツさんが悲鳴をいいバンドだって紹介してくれてさ、このお店でCDを置かせてもらって、なんだかフェスに出してもらえることになって。今まで自分がロックヒーローだと思ってた人たちと突然一緒にライブすることになって。俺なんかFも弾けなかったのに、田口さんは何考えてんだって。

どうせダメ元だと思ってもヤケクソでやったら、少しずつ、局所的にだけど人気が出てさ、その年の円盤の年間チャートで1位取れて。おれさ、あんときあんま言わなかったけど、生まれてはじめて人に認めてもらえたようで、すごく嬉しかったんだよ。音楽に一番なんてものないなんて当然だし、音楽チャートほどアホらしいものないなんて分かっちゃいるけどさ、それでもなんだか、初めて自分が、世の中に受け入れてもらえたようで、めちゃくちゃ嬉しかったんだわ。あー、おれなんかでも生きてきた意味あったのかなあなんて、もしかしたら、友達とご飯食べたり、遊びに行ったりする、そんな普通の生活が、おれにだって出来るのかもしれないなんて。


いつの間にかこの店にくれば、売り上げでお小遣いが貰える程度になっていて。


それで大学時代のぼくは毎日のように、退屈と憂鬱から逃れるように円盤に来て、昼からラムコークをあおっていた。


店主の田口さんの話はいつだってめちゃくちゃ面白くて、飼い主が犬にラジオをしょわせてステージに上らせるだけの犬ラジオというバンド(バンドなのか?)の話とか、ライブ中にギターアンプに小便をかけて壊し出禁になったバンドが買い取らされたアンプを道頓堀に投げ込んだ時の話とか、魚屋で仕事してた頃、泥酔した板前がときどき自分の手とイカの区別がついてなくて血まみれのイカの塩辛を出して来るって話とか、そんなことばかり聞かせてくれて、ああ、自分はなんてくだらないことに憂鬱を感じているんだろう、世の中にはこんなに無茶苦茶な人たちもいるんだ、本当は、どんな生き方をしたって生きていけるんだって思うと同時に、こんな無茶苦茶な人たちがいる中で、本当に自分たちだけの音を出すためには何をしたらいいんだろうって、真剣に考えさせられもした。そういうことを、田口さんは説教ではなく、ただただ面白い話をしてくれるだけで、たくさん教えてくれた。ぼくにとって円盤は、大学よりもはるかに真剣になれる人生の授業だった。


田口さんの話を聞きながらぼくは、ロックの世界ってなんてふところの広い世界なんだろうと思った。ふつうの学校、ふつうの会社、ふつうの世間になじむことができない、出来そこないのぼくらのことを受け入れてくれるロックの世界は、今までずっといじめられっ子で、うまく「みんな」の仲間に入れない、そしてこの先もずっと日陰者として、当然一生愛してるなんて言ってくれる人も居らず、人の目を気にして目立たぬように生きていかねばならないはずの自分も、ひょっとして、ひょっとすると、この世界だったら一発逆転が狙えるのかなんて思った。


だったら命をかけてもいいと思った。どうせこの先何もいいことがないのなら、死んだっていい。一度も自分を認めてくれなかったこの世界を、命をかけて全否定したい。三十以降の寿命を全部あげる。だから神様、この世界に、どうか一矢だけでも報いさせて下さいと。きっとこの世界は、そんなことじゃビクともしないことなんて初めから分かってた。それでもたった一瞬だけでも革命を起こしたかった。全ての価値観をひっくり返して、ほんの一瞬だけでもこの世界をびっくりさせてやりたかった。


そう思ってステージに上った。いつだって膝はガクガクして、このステージがダメだったらもう俺は死ぬんだと思っていた。本当のことを言えば、ぼくは一度も来てくれたお客さんに感謝できたことがない。ここは処刑台で、この人たちは見世物を見に来ているんだと思った。ぼくはピエロのふりをしたテロリストになったつもりで、血まみれになってステージを転げまわっていた。これは「ふつう」の人たちが支配する、「ふつう」の世界に仕掛ける戦争なんだ、いつもそんな妄想に取り付かれていた。もちろん戦争だから、負けたら死ぬ。音楽の喜びや充実感なんて、一度も思ったことはない。「ふつう」の世界にとり殺されるか、ぼくらが「ふつう」の世界を殺すか、どちらかしかないと思った。そんなだから、ライブはただただ苦しいだけだった。 でも、不思議とライブが終わると、ありがとうって言いながら、泣いている人もいた。ぼくはなんて返したらいいのかわからなかった。


ぼくはだんだんおかしくなっていった。この世界のすべてが敵になっていた。いつの間にか愛した人もバンドのメンバーもみんな敵になっていた。ぼくは愛し合った人をさんざん傷つけ、奴隷のように扱い、精神的に殺した。そうしなければ世界に押しつぶされそうだった。そんなおれを、林君は人でなしだと言った。ぼくはずっとそれを許せずにいたし、そして君にそう言わせたことを、ずっと後悔し続けていた。


ぼくらは地獄を見た。




いつの間にか敵は「ふつう」の世界じゃなく、悲鳴そのものになっていた。ぼくらはいがみ合って、 憎み合って、何度も傷つけ合った。 おれは林くんの言っていることがさっぱり分からなかったし、林くんもまたぼくの言葉を、全く理解できないといった。最後の最後に林君は「人でなしとはバンドはやれない」と言った。



そうして悲鳴は崩壊した。ぼくはようやく自分が何をしたのか気付いた。




三年前に、林くんが音楽の専門学校に入学したのを知った。


おれは素直に、本当にすごいと思った。三十になって、十八の連中と一緒に肩を並べて真剣に学ぶというのだから。彼は当然のように二年間連続で首席をとって、その時一緒に演った連中と、一緒にバンドを組んでいた。雨の花束という。ぼくは「ああ、こいつにはもう、くだらないプライドとか一切ないんだ、ただただ真剣に音楽に、自分に向き合いたいだけなんだな」と思った。ぼくはそんな林くんをすごくカッコいいと思い、尊敬した。


それからひと月かふた月に一回、二人でお酒を飲むようになった。話していることはいつも本当にたわいもない会話で、この酒美味しいなぁ、とか、同級生の誰それは何してる、とか、何のエフェクターを買ったとか、そんなことばかりで。昔のように、死ぬとか、生きるとか、そんな話は一切しなかった。林くんが命がけなのは、何も言わないでも全部伝わったからだ。


あるとき林くんが、自分がバンドのリーダーになって、初めてガンディ君の苦しみに気付いたと言った。それでなんだか、少しだけ泣いた。もしかして、自分ももう一度バンドをやってもいいのかと思って。



悲鳴が崩壊してから、きっと永遠に許されないと思って生きてきた。


何をやっても灰色だったし、人から感謝されても、自分は人でなしなんだからと、顔では笑っても、すぐに打ち消してきた。こんな自分が、人前に立って歌ったり、人と当たり前に恋をしたり、人と喜びを分かち合うことなんて一生、絶対に許されないと思った。ただ人の幸せだけを願って生きて、いつかお迎えが来たら、そっとひとりで死ねばいいと思っていた。


だんだん、林くんと心が通じ合うようになってきた。彼との最後の二年間は、ただ静かに吉祥寺で酒を飲むばかりで、本当に穏やかで、幸せだった。時には、二人の飲み会に共通の友達を招いたりもした。あの誰にもすぐ悪態をついて無言になる林くんが、ガンディ君みたいにちゃんと人に心を開ける人になりたいなんて言い出したからだ。そんなことを思ってくれていたなんて、十年前は全く気付かなかった。ぼくらは失った時間を取り戻そうとするかのように、ようやく打ち解けて話した。たまには下らない冗談も言った。林くんと冗談を言い合うなんて、悲鳴をやっていた頃には考えられなかった。あの地獄のような過去が嘘のような、本当に穏やかで幸せな時間だった。


林くん、あの頃のぼくらは今に革命を起こし、世界で一番有名なバンドになって、どこにいっても受け入れてもらえる、優しくしてもらえる、ちゃんと顔をあげて上を向いて歩ける、そうしてこんな陰鬱でみじめな現実とは永遠にお別れして、当たり前の生活を手に入れられるなんて、そんな風に思っていたよね。遥か彼方のまだ見ぬ栄光に手を伸ばし、目の眩むような空を見上げ続けて、確かにぼくはあのとき、目の前にある本当に大切なものを何一つ大事にできなかった。そうして本当に大事なものを自分から全て壊してしまった。本当にくやしくてくやしくて涙が止まらないよ。ずっと後悔しているよ。あのときから。ずっと。ずっと許されないと思ってたよ。


病院で君の姿を見た時、おれは本当に信じられなかった。どうしてぼくではなく、君がそうしなければならないのかと。君もまた壊れかかっていたんだって、おれはまた気付けなかったわ。いつだって自分のことばかりな自分が本当に嫌になる。たくさん管のついた君は何も語らないし、何を言っても返してくれなくて、ぼくは本当に自分がこの世界のどんな小さなことすら何一つ変えられないってことを思い知ったよ。そうだな林くん、まるでこの世界は映画を見ているようだね。ぼくらはただ見続けることしか出来なくて、スクリーンの向こう側がどんなことになっていても、手を伸ばすことしかできない、そしてその手は決して向こう側には届かないんだ。


君は映画を観るのをやめて、ぼくはまだ見続けている。
どちらを選んでも、残酷なくらい当たり前に太陽は昇り、この世界は続いていくんだ。



あのやたら暑かった春の間、痩せ細った君の足を拭いていたら、君はぐぐっと体をよじらせたことがあったよね。ぼくらは林くんが応えたって大喜びで、もしかしたらどうにかなるんじゃないかなんて思って。次第にお見舞いの人も増えて、雰囲気も暗いばかりじゃなくなって、日曜日にはいつの間にかたくさんの人が集まって、待合室でみんなで記念撮影したり、お菓子を食べてお茶したりしながら、がんばれって、暗い顔じゃなくて応援できるくらいになったら、安心してしまったのかな、その翌日に君は行ってしまった。暖かな陽気の、ポカポカした日だったな。そのとき気づいたよ。あーそういやそういう奴だったなって。その場を離れないでじっと見てて、みんながもう大丈夫って分かったら、誰にも声をかけずに一人で帰っちゃう。みんな後になって気づくんだよ、あれ林どこ行った?ええっ、もう帰った!? 話したかったのに!ってさ。

君が体をよじらせたことはさ、確かに医者から言わせればただの反射運動なのかもしれないよ。でもおれは、誰がなんて言おうが絶対に君がぼくらに応えたんだって思ってるよ。真っ暗な宇宙の中で迷子になっている君が、もう届かなくなるその前に、微かに聴こえた交信に、必死で応えてくれたんだって思ってるよ。おれはさ、もしかしてたったの1ミリでも、このバカみたいな世界を変えられる可能性があるなら、スクリーンの向こう側とこちら側が交差する、そんな嘘みたいな奇跡があるというのなら、別に信じていたっていいんだって、君がいなくなった今でも、確信を持って思うよ。それがたとえ、医者や科学が何の意味もないって言ったとしたって、ぼくはどうでもいいんだよ。


会場でさ、ずっと君のうたが、流れていたじゃない。君は真ん中で眠っていて、黒い服を着たたくさんの人が泣いていて、君は「きみがいないと張り合いがないよ」って歌詞、本当にバカじゃないの。本当にバカじゃないのかと思うよ。おれも君も。本当に。


林くん、ぼくは思うよ。たとえ君とすごした時間のほとんどが、見えない何かをつかもうと、いたずらにもがいてあがいて苦しんだ、地獄のような時間だったとしても、ぼくにとっては本当に、何物にも代えがたい本当の宝物だったんだ。ずっと言えなかったけど、本当に本当だよ。


式が終わって、円盤に行った。田口さんはずーっと黙っていた。いつの間にかぼろぼろ涙がこぼれてしまって、泣きながらラムコークを飲んでいたとき、はっきり、ああー、おれら、負けたんだなーって思ったんだ。世界に戦争を仕掛けるつもりで始めた悲鳴ってバンドは、ここで始まってここで終わったんだ。十三年だよ。あっという間に過ぎ去ってしまったよな。ずっと終わりにしたかった夢を、ようやく終わらせることができたよ。

本当は「普通」の人なんて、どこにもいないなんてこと、とっくに気付いていたんだ。


おれらのやったことは、1ミリでも何か世界を動かしただろうか。誰かに影響を与えただろうか。きっと何も変わってないと思うよ。おれは本気でやれば、負けてもいつか何かの肥やしになるなんて言葉はまったく信じないよ。何が起こっても世界は残酷なくらいに放置プレイで、何の感情もなく明日も太陽は昇るんだよ。

それでただおれらは負けたんだよ。でもそれは、おれらがやりたくて好きで勝手にやったんだよ。だから別にいいんだよ。



ここまで書くのに四日かかってしまったよ。まだ、雨は降ってる。でもきっと、明日はもう晴れるんじゃないかな。

なあ林君、おれ最近思ったんだ。あれは、確かに傍から見たら、すごく奇妙でいびつな形だったけれど、やっぱりぼくらにとってのまがうことなき、青春ってやつだったんじゃないだろうか。

あの頃のぼくらは何者かになりたいと思って、遥か空の彼方しか見ていなかったが、でも、本当に大切なものは、すぐ目の前にあったんだな。あのころのぼくは、そのことを夢にも気付かなかったんだよ。

三十も過ぎて今はわかる。多分もう、次の一発はない。でかい何かはこない。君もいない。革命は起こらない。

大切なものは次々と壊れていくけれど、それでもぼくは、君の見なかった映画の続きを、見続けようと思うよ。


君の魂が、夢を見るように安らかに、眠りにつくことを祈ってる。
それとも君は、あの頃と同じように、何も語らず、ぼくらを見ているのだろうか。


そうだな、願わくばぼくらが、今そばにあるものを大事にできるように。
そして、きっと何者にもなれないぼくらに、素晴らしい明日が訪れますように。



ぼくらの青春を一緒に彩ってくれた、悲鳴にかかわってくれたすべての人、初めてちゃんと言える。本当に、本当にありがとう。ずっと素直になれなかったけど、本当に嬉しかった。
感謝してもしきれない。

あれは、灰色で、地獄のような日々で、海もバーベキューもなくて、ステージに上がっているときはいつも苦痛ばかりだったけれど、それでも確かにぼくらの青春でした。



ねえ、あんなに傷つけあったけど、今でもぼくは、君が大好きだよ。














ガンディ
粟生こずえ
林恒平

カワセタクヤ
吉田規朗

撮影スタッフ:大島亜耶




2012年9月2日日曜日

警句

(下手な警句だ。でも僕はこいつを消さない。僕は大いに気のきいたものになると思ってこれを書いた。 だが今自分で見ても、汚らわしい自慢話にすぎない。だからわざと消さないんだ!) ドストエフスキー

2009年10月29日木曜日

RE:TAKE


真に渇きたる者のために

絶望を忘れた者のために

愛を知らぬ者に

愛を壊す者に



未だ日本人ではない日本人に

僕の思想を託す


2009年6月2日火曜日

黒い自由


シンガポール人華僑のイェンおじさんは、いつも突然ふらふらと我が家に出入りしては哲学や政治の談義をして、ときどき飴玉をくれ、朝方ふらりと帰っていったものだった。


ぼくの父は早稲田で建築を学んでいた頃、華僑らの住むアパートに転がり込んで暮らしていたらしい。耳が聞こえない父にはデカイ声で話す中国人との生活が居心地がいいのだ。なにより親父にとって嬉しいのは、彼らは気を使わなかったということだ。いったいどれくらい気を使わないのかと言うと、このアパートの家賃を誰が払っているのかわからないくらいである。金があるやつが払う、ないやつは払わない、それが彼らの流儀だった。(※こういう中国人が、共産主義を選択したというのはすこぶる興味深い話である。日本人に共産主義は無理だ。日本人は気を遣いすぎる。)

日本人は無意識のうちに、相手に自分と同等の気遣いを求めるが、実は耳の聞こえない人間にとってこれはかなり困難な要求である。気遣いは世界一細やかな感性を持ち、空気を読むことに長けた日本人だからこそできる芸当なのだ。親父は華僑のほうが、日本人とよりもずっと気が合った。理由は単純で、障害者である父が、中国人とならば健常者と同じように話せたからだ。それに、同類を愛する日本人と生活するには、親父はいくらか個性が強すぎたし、また、当時の最底辺の生活、まさに貧乏のどん底のような生活が、普通の日本人といっしょに学生アパートに住むことを難しくしていた、ということも理由のひとつなのかもしれない。なにはともあれ父は、素性のしれない中国人華僑たちとひとつ屋根の下で大学の四年間を過ごすことになったのだ。

しかし共同生活を始めると、中国人はすぐに親父に迷惑をかけはじめる。料理洗濯、掃除……なにより酷かったのは論文の提出だ。連中は日本語が苦手なことにかまけて、翻訳しろ翻訳しろと、すぐ親父にたよってくる。親父もつっぱねればいいのだが、つい中国人のあの大袈裟な態度に折れて、親身になって助けてしまう。すると今度は翻訳じゃなくて、論文そのものをかけという。これが中国人である。結局親父と同期の早稲田大学中国人留学生の卒業論文は、ほとんど親父が書いたものになってしまった。

なかでもひどかったのがイェンという男で、親父に論文をかかせて、二階に女を連れ込んでいる。そうして、コトが終わると下着姿の女と降りてきて、「おう、悪いな山田、」とやるのである。

これが先ほど話にでたイェンおじさんだ。シンガポール随一の国営企業の御曹司であると同時に、その膨大な財産をたったひとりで全部食いつぶした。そうして無一文になって、去年だったか、一昨年だったか、カナダでひとり死んだ。なぜカナダかと言うと、極端に不精癖なイェンおじさんは、日本政府にも、シンガポール政府にも、出せば簡単に取れたはずの永住権申請を面倒がってしなかったからだ。「政府なんて関係あるか。他人なんて関係あるか。」そう言っていたイェンおじさんは、日本にも中国にもシンガポールにも見放され、全ての財産を失い、カナダでひとり、孤独に死んだ。

「ふん、ロクでもないやつだよ」酔っ払うと親父はよくイェンおじさんの話をした。ああいう男にはなってはいけない。ああいう男になれば不幸だ。親父は熱っぽくイェンおじさんの悪口をいった。そうして、しまいにはあんな男生きている価値すらないというのだ。そのくせ、ぼくから見れば、イェンおじさんは親父のほとんど唯ひとりの友達に違いなかった。それにどうして本当に嫌いだったら、どんなに忙しいときでもふらりとやってきたイェンおじさんを泊めて、酒杯を交わそうとするのだろう。イェンおじさんはリーカンユーのパーティで毎晩一本ウン万もするようなシャンパンを飲んでいたときも、全てを失って、財産はあの小さな毛糸の帽子ひとつだけになったときも、変わらず思い出したようにふらりと我が家にやってきた。そうして親父とムツカしい思想や政治の話をしては、気づくとスースー眠っていた。朝起きると大抵おじさんの姿はなく、毛沢東のようなひどい癖字で、辛うじて読める「また来る」との書置きだけがあった。

耳の聞こえず、日本人のうちに入り込めない親父と、徹底して自分のことしか興味のないイェンおじさん。不具者の運命は因縁のように絡み合う。親父はイェンおじさんを軽蔑したが、しかし親父の強烈過ぎる個性に口出しをしないのはイェンおじさんくらいなものだった。イェンおじさんは親父に興味をもたなかったが、けれども彼の破天荒な生き方に一切文句をつけず、放っておいたのは、親父くらいなものだったのかもしれない。

彼らは互いの人生に関心を持たず、時に憎悪すらしていたが、互いの自由だけはわかりあっていた。日本中どこへ行っても説教をされそうな勝手な人生を歩んでいる二人だったが、それゆえにこの二人が酒を飲み交わすときには、そのようなことは一切口にしなかったのだ。
事実親父は、イェンおじさんが全財産を失い、世界中から見放されていくのを目の当たりにしても、絶対に何も言わなかった。「おまえ、しっかりしろよ」とか、「きちんとやれ」とか、友人として言うべきといわれているようなことは、一切言わなかった。そうして、我が家の扉を閉ざすことも決してなかったのである。


親父はわかっていたのだろう。誰が何を忠告しようとも、イェンおじさんはそういう人生を歩んだに違いないのだということを。自分がどこに行っても不自由であるがゆえに、イェンおじさんの不自由もわかりすぎていたのである。運命、それはちょうど不自由な自由といったようなものだ。人間は重すぎる十字架のような過去を背負っているから、ちょっとやそっとで人生を変えることなんてできやしないのだ(誰かができるというのなら、それは彼がよっぽど軽い人生を歩んできた証拠である)。人は神に自由を与えられたが、おかげさまで互いをまるっきり分かり合えない存在になってしまった。


イェンおじさんの訃報をきいたときの、親父の顔をよく覚えている。笑いとも泣きともつかない、あの苦虫を噛み潰したような顔。「人は人に、何も言うことはできない……だけどなあ、とうとう死んだか。」外は見渡す限りの、果て無き真っ黒な自由。邪魔するものは何一つとしてない。君もぼくも、この世界に、永遠に一人ぼっちだ。


2009年3月1日日曜日

泥棒

無機質な蛍光灯が、ちりちりと音をたてる部屋に男が二人座っている。ひとりは警察官。もうひとりは線の細い、いやに白い男。


「たかがパンひとつ、ここまでねばるとは思わなかったがね。」

「たかがパンひとつ、そう思うならもういいじゃないですかね。」

「そうはいかない、パンひとつでも盗みは盗み、事情を聞くのが俺の仕事だ。」

「そうだ、たかがパンひとつでも盗みは盗み。おれは確かにやってのけたのだ。」

「やってのけたと言ったな。初犯か。」

「そうだ。これが始まりなのだ。」

「始まりか。いったい何が始まるというのだ。」

「人生さ。」

「終わりの間違えじゃないのか。」

「いいや、確かに始まったんだ。刑事さん、あんたは人生を始めてすらいないんだぞ。」

「どこの刑事が万引きの聴取なんてするもんか。おれはヒラ巡査だ。」


立ち上がった巡査が窓の外を見る。激しい雨で、滲んだ信号の光がガラスに映る。しばし動かず。やがてブラインドを閉じる。男が口を開く。


「巡査は、給料はいいのか。」

「なんだ、巡査になりたいのか。」


男、だまって笑っている。


「普通だよ。サラリーマンさ。」

「なんのために働く。」

「家族のためさ。」

「子供がいるのか。」

「そうだ。子がパンを盗まぬように、おれが働くのだ。」

「金があっても盗みはするぞ。金があるからおれは盗んだのだ。」


しばし無言。

降りしきる雨の音の中、ゆっくりと男が話し始める。巡査、調書に書き取りを始める。


「働いてお金をもらう、そんな当たり前のことがどうしても嫌で仕方がないのだ。こんなことを言えば、人は腹をかかえて笑うだろう。笑ってくれてかまわない。それでもやっぱり、働いて金をもらうというのは、どうしても嫌な気持ちがするのだ。
おれは生まれて初めて人からうん十万の給料というものをもらい、なんだか頭を金槌で殴られたような気がしたよ。だいたい、こんなに金をもらって、いったい何をするというのだ。月曜から金曜まで、奴隷のように働いて、その見返りがこれか。この金を、土日で馬鹿みたいに使って、そうしてまた奴隷に戻れということか。

給料をもらってすぐ、同僚が、遊びに行こうとおれを誘った。土曜の街をぶらつきながら、阿呆みたいに服を買い、クッションを買い、グラスを買い、漫画を買い、インテリアを買う。同じようにしろというから、彼を習っておれも阿呆のように金を使った。そうして、一日の締めとして、女と遊ぼうという。『風俗か。』『ばかめ、女は街でつかまえるんだ。』そう言うが早いか、彼はもう二人組みの女に声をかけていた。

女におごってやり、いい気分にさせる。頬を赤くそめて、ネコのようになった女たちを尻目に、同僚がおれに囁く。 『女なんてのはな、一杯おごってやればまず誰でもやれるんだよ。』女たちは嬉しそうにきゃっきゃと騒ぎまわっている。『こないだね、私渋谷でマキシマムザホルモンとすれちがったんだよ』『えー!ほんとほんと!?いいなぁー!』彼もすかさず話題に滑り込む。『マジ!?それチョーヤバくね?りょっくん超すきなんだけど』

吉祥寺のホテル街を、男女四人で歩く。 『歩けなぁい』『ねーむーいー』女がしなをつくり、おれに寄りかかってくる。同僚の無遠慮な笑い声が、夜の街に響く。 

『な、こいつ面白いだろ?』
『うんー、私この人のことちょっと好きになっちゃったかもー、うふー』
『うは、ゆみ惚れやすすぎでしょ』
『ちょっとちょっとおまえきたんじゃねーのコレ?』 

同僚が肩をバンバンと叩く。おれは何を思ってたかって?気持ち悪くて仕方ないんだよ。少しおごっただけで簡単に股を開くクソ女ども。汚くて絶対にさわられたくないのに、女は酔ってなおさらしなだれかかってくる。

イライライライラと唇をかみながら、下をうつむいて歩く。


しかしおれは悟ったね。なるほど世の中というのは、そういう風にできていたのか。月曜から金曜まで、奴隷のように働くと、土曜と日曜に、甘くて美味しいお菓子が待っている。そいつを舐めたらまた月曜から奴隷の生活だ。金さえあれば、服も酒もマンガもゲームも、およそこの世界にあるものはなんだって買える。女の心だって買えるんだ。いったいこれは何のパロディなのだろうね。ぼくらはなんのために生きているんだろう。金があれば女とやれる、金がなければ女とやれない。ぼくの頭は憎悪と汚いものへの嫌悪感でいっぱいだ。5日奴隷になって、その対価として、2日酒と女がやってくる。で、酒と女をくれてやるから、きっちり奴隷になりなさいって言うのか。いったい誰がおれを奴隷にしてるんだ。金はなんのためにある?金は女を買うためじゃない。金はパンを買うためにあるのさ。

おれはいきなりぴたりと立ち止まって、びっくりした顔をしている女をつきとばした。そのまま一瞥もせずにバックれて、帰り道のコンビニでジャムパンを盗んでつかまり、そうして今ここにいるってわけさ。」


巡査、筆を止め腕を組み天井を仰ぐ。何かを考えている。


「はは、まだやっぱりよくわかんないみたいだな。いいかいおまわりさん、全部欺瞞なんだ。どいつもこいつもまったく嘘なんだ。あの女がおれを好いたのはなぜだ?おれが金をもっていたからか。おれが飯をおごったからか。毎日飯をおごってやれば、毎日やれるのか。そういうことを、結婚というのか。つまるところ、女って「もの」なのか?女ってのは男を奴隷にして死ぬまで働かせるために、この世界が造った愛玩人形なのか。そうしてその愛玩人形でオナニーをするためには、月曜から金曜まで、奴隷になるしかないってわけだ。この世界はおれたちに、「奴隷になったら、褒美に女をくれてやるぞ」と、そういう風にいってるんだ。世間の人々そんなことを指してやれ真実の愛だとか、やれ愛こそ全てだとか、欺瞞に満ちたことばかり言っている。おれはそんなもの願い下げだと、あのときはっきり思ったんだ。この世界の奴隷になったご褒美に、愛玩人形でオナニーするくらいだったら、真実の愛を求めて男と抱き合ったほうが百倍マシだろうってね。おれは人形を抱く趣味をもたない。おれは人間を好む。おれはパンのために働いたはずだった。そして同じ人間と、一緒に楽しく食いたかったんだ。それがなんだ。いつの間にかパンだけじゃ生活できないこの世界だ。誰のせいだ?誰がやってるんだ?おれにパンと、真実の愛をよこせ。綺麗な服も、うまい酒も、おもしろいインテリアも、愛玩人形も、文学も芸術も宗教も全部いらん。パンと、愛だけよこせ。なければ奪う。」


しばし無言。男、目がらんらんとしている。

巡査。


「しかしいくらおまえがいらんと言っても、女はおまえを好きになるぞ。おまえが嫌悪する女は、そういうおまえを、真実の愛で包むだろう。それでもおまえはまるで気づかず、ずっと愛に飢えるんじゃないのか。盗んだパンに愛はあったか。おまえの心は砂漠のようだが、女の心は澄んだ水だ。何もない人形ではない。」

男、巡査の話に耳を傾けず、興奮さめやらぬ様子。

いつの間にか雨は上がっている。




巡査、取調べの調書に「飢えのため」と書き込む。





(幕)

2008年11月27日木曜日

食べて


女になりたい
女に生まれたかった
昼のうちに掃除をすませ
皿を洗い夕げをつくり
洗濯物を取り込んで
あの人の帰りを待つ
ベッドではたくさん愛してあげるの
綺麗な身体で
疲れた今日一日を
私が慰めてあげるの

誰かの愛人になりたい
売春婦もいい
真っ赤なドレスを着て
シャネルの香水をつける
私はいるだけで
私を必要とする
身体があるだけで
私は必要される
絶望的なほど
人の目が欲しい
燃え上がるビロードよう
火がつくように欲望して
貴方のお好きなままに
泡のあふれたバスタブで
震える指先で月を蹴る
好きなだけ楽しんだら
捨てるように帰って

私は思った
私は何も欲しくない
みんなが私を欲しがれば
私は何も欲しくない

愛なんて知らない
貴方なんて知らない
私しかいらない

蟻のように働く時間があったら
蝶のように化粧をしていたい

蟻に食べられてしまうために

私なんて何百の蟻に
黒々とした鉄のようにたかられて
もがれ、焼かれて

いなくなってしまえばいいのに






2008年11月11日火曜日

死なないルーシー


私はアンドロイド。 23世紀のロシアで踊り子を務めている
私は月に一度のメンテナンスで半永久的に稼動することが出来る。 

死ぬことはない。
眠ることもない。 

その代償として、自分が本当に起きているのか、生きているのかもよくわからない。 
もっとも、ロボットが生きているかどうかを気にするなんて妙な話だ。 

それでも愛する人はいる。 
劇場の下働きの老人、イワンだ。 
イワンは月に一度、満月の夜、私を裸にしてメンテナンスをする。
油圧を下げ、しわだらけの手で、シリコンからにじんだオイルを丁寧に拭く。 
もうこんなことがかれこれ8年も続いている。 


私に見える世界は、現実と幻がごちゃごちゃだ。 
眠らないアンドロイドは起きながらにして夢を見るからだ。

時折、イワンと踊る幻を見る。
どうしてこんな夢をみるのだろう。
ポールに映る自分の姿はひどく歪んでいる。

劇場は、床も天井も全てが鏡ばり。
無限の私が、じっと私を見つめて、私の目を回す。
もう何が過去で、何が今なのかもわからなくなった。


ふと気づくと、イワンが身体を拭いている。
真っ白のつきひかりが、鉄格子の窓から差し込んでいる。

そうしてまた気を失った。









2008年10月30日木曜日

『東大を動物園にしろ』


三島の『東大を動物園にしろ』って文章が、とてもいいから、いくらか抜粋してメモ。


「ぼくは反革命なんだ、絶対に反革命で押し通すつもりだからね。見ておいでよ、いまに反革命が一番カッコよくなるから。反がつきゃ、なんでもカッコいいんだからいまファッションとして革命をえらんでいる連中、そのときになって先をこされたと口惜しがるだろうさ」

「だいたいいま革命だ革命だっていってる連中、命を懸けてないよ。新宿騒動のとき、ぼくは武器がどうエスカレートしているかを見に行ったんだ。エスカレートしてなかったね。竹槍すら出ていない。遠くから機動隊へ投石したり、電車のガラス割ったり、あんなことならおれにだってできる。あぶなくなったら逃げちまえばいいんだからね。何が革命だという感じだな。一種の自己欺瞞だよ。(中略)

命を賭けるなら一生に一度という古い考えがあるけれども、彼らのやってることと言えば、テントウムシの群のようにヘルメットの軍を集めてワイワイガヤガヤ、電車のガラスを割って『革命です、命賭けです』といったって誰が信じるものかね。革命は殺すか殺されるか、どちらかだよ。(中略)

要は度胸がねえんだよ。一人でやる度胸がねえんだ。」



「しかしきみ、革命っていうのは、今日よりも明日を優先させる考え方だろう。ぼくは未来とか明日とかいう考え、みんな嫌いなんだ。(中略)

未来社会を信ずるやつはみんなひとつの考えに陥る。未来のためなら現在の成熟は犠牲にしたっていい、いや、むしろそれが正義だ、という考えだ。(中略)

未来社会を信じないやつこそが今日の仕事をするんだよ。現在ただいましかないという生活をしているやつが何人いるか。現在ただいましかないというのが文化の本当の形で、そこにしか文化の最終的な形はないと思う。

小説家にとっては今日書く一行が、てめえの全身的表現だ。明日の朝、自分は死ぬかもしれない。その覚悟なくして、どうして今日書く一行に力がこもるかね。(中略)未来のための創造なんて、絶対に嘘だ。



三島のいうことには未来のイメージがないなんていわれる。
馬鹿言え、未来はおれに関係なくつくられてゆくさ。」





2008年10月8日水曜日

気が狂ってるか?狂ってるってどういうことか知ってるか?

なあおまえ、おまえはおれのことをキチガイだっていう。すぐに変態だとか頭がおかしいといっておれのやってることを賞賛する。そんなに変態がすきか。そんなにキチガイが嬉しいか。おまえには本当に、変態とか、頭がおかしいといわれる人種が、どういう人たちだかわかっているのか。変態が、格好いいとか、ロックスターだとかいう脳みそがタリン野郎はどこのどいつだ。おまえは、変態の何も見ていない。本当の変態がどんなものか何もわかっちゃいない。あたかも気が狂ったかのようにみせたり、変態のようにふるまった普通の人間を、なんだか流行かなにかのようにただ漫然と受け入れているだけだ。なあ、おまえ、そんなに変態だとか、キチガイが好きだって言うのなら、おまえに本物の変態がどういうものか教えてやるよ。おれの言うことは全部嘘さ。なぜかって?本当のことはゴミクズ同然で、これっぽっちも価値のないからだ。おれの本当なんて、本当にゴミクズほどの価値もないからだ。今、一度だけ本当のことを見せてやるよ。おまえは見なけりゃよかったと思うだろう。そうして作り物のキチガイで、興奮するままでよかったと思うだろう。しかしこれはおまえが望んだことじゃないか。どうだ、これがぼくの真実さ。勇気のあるやつだけが目をそむけるな。本当のことなんてこれっぽっちも価値がない。何もないのさ。何もない。本当のおまえなんてなにもない。本当のおれもなにもない。文学にもロックンロールにも何もない。おれが、今、一度だけ、本当のことを話してやる。おれという中心がこんなにくだらないものだったのかと、おまえは呆然とするだろう。変態とか、キチガイとか、頭がおかしいとか、そんなものおまえはわかったふりをしてるだけで



おめえには一生わかんねえよタコ

























ぼくは小学校のころ、いじめられっこでした。
幼稚園のころ、東京から静岡に引っ越してきて、いじめがはじまりました。一年生のころから、高学年になるまで、いじめはどんどんエスカレートし、教科書が捨てられたり、上履きはしょっちゅうなくなったし、机や持ち物は『バカ』や『くさい』、『(ぼくの名前)菌』など、ひどい落書きだらけでした。ぼくは最初、本当に悲しくていつも音楽室の前にある階段の下で隠れて泣いていました。

そのうち、ぼくはぼくをいじめる人たちを、なぜかだんだん崇拝するようになりました。多分そう思い込むしかなかったからなのだと思います。きっとあの人たちがぼくをいじめるのは、ぼくよりずっとえらいからなんだ、クラスメート全員、いや、みんなぼくよりずっと高貴で素晴らしい人に違いないんだと思うようになりました。そしてぼくは最低の蛆虫に違いないんだ、だからいじめられても仕方が無いんだと自分を納得させるようになりました。

高学年になるとぼくは、水泳の授業を仮病でよく休んで、女子更衣室に忍び込み、クラスの友達のパンツの匂いをかくようになりました。ぼくをいじめていた中心グループの子のパンツの匂いを初めてかいだときは本当に心臓が壊れるかとおもいました。あの、とても高貴な方のアソコの匂いを、蛆虫にも等しいぼくがかがせていただくだなんて、本当に恐れ多いことだと思いました。笑っちゃうような話ですが、そのときぼくはその子のパンツの匂いをかいで、ありがたさのあまりひとりで泣いてしまっていました。そして、排泄器官としてとらえるならばある意味人間の最も穢れた器官「性器」の汚れを、人間の最も清い飲食の器官、「くち」で嬉々として掃除している自分に、ものすごく興奮を覚えたんです。ぼくはクラスメートのパンツを舌で掃除しながら、漠然とクラスの女子全員の排泄器官としての性器を、くちで掃除したいなぁと思うようになりました。


そういう風に思うようになってから、ぼくが学校の女子トイレに侵入するようになるまで、大して時間はかかりませんでした。女子トイレに侵入すれば、思う存分にクラスメートたちが使った便器をなめて、女子の排泄物を口で掃除できるのです。運がいい日は、排泄物が流されてないまま放置されているのを発見することができました。そんなときは、こころから神様に感謝をして、全てを口ですすりとりました。大が放置されていることも似三度ありましたが、さすがにこれは一口しか食べれませんでした。せっかく女子の排泄物を食べることができるという大変ありがたいチャンスにもかかわらず、食べれなかったということが残してくれた女子に大変申し訳なかったと、ものすごく申し訳ない思いをしたのを覚えています。

この当時、ぼくには、朝はやく小学校にきて、女子トイレに侵入し、まずピンク色の便所サンダルの足があたる部分を綺麗になめ、つぎにサンダルの足の裏を綺麗に舌掃除し、次に洋式便器の便座の裏にこびりついた女子の尿をなめとり、便器の陶器のふちをなめ、次に和式便器のふちをなめとり、ゆかをなめ、おちてた陰毛を持ち主に感謝しながら食べ、最後に最も汚れている金隠しの裏の部分にこびりついた便器の黄ばみ、尿石を歯でこそげとって食べてから授業にでるのが日課になっていました。放課後には必ず下駄箱に行き、今日一日女子が履いた上履きの香りをできるかぎり全員分かぐようにしていました。(それは自分に課したノルマでした。)


このころになると、女子に対してはいじめられることがむしろ快感に感じられるようになり、学校に行くのも楽しくなってきていました。また、更衣室侵入も頻繁化し、(なぜバレなかったのか未だに不思議です、あるいはやはりばれていたのでしょうか)クラスの女子全員のパンツの匂いを一度はかいでおり、一部の女子のものは匂いと味だけで誰のパンツかを区別できるようにまでなっていました。(ちなみに、上履きはパンツよりはるかに誰のものかを判別するのは困難でした。)

それでも、やはりいじめはとてもつらいものだったので、ぼくは受験をして、東京の中学校に逃げることにしました。

東京の中学に入って、前ほどいじめられなくはなりましたが、ぼくの性癖は弱くなるどころかむしろ更に強くなりました。ただし、ぼくの入った東京の学校は男子校でした。そこで、ぼくは公衆トイレの女子便に侵入するようになりました。

とくにぼくのお気に入りの公衆トイレの女子便は、駅の女子便と駅ビルの、若者向け婦人服売り場の女子トイレでした。駅の女子便は、地元の駅の利用者はそんなに多くなくて侵入しやすく、本当に汚くて、とくに夏はものすごい悪臭を放っていたためお気に入りでした。また、駅ビルの女子便は、これもまた本館から少しはなれた場所にあって男子トイレの入口の真横が女子トイレの入口で、しかも入口が少し離れただけですぐに死角になるので大変侵入しやすく、しかもなぜかかなり利用のされ方も汚く、また、若い女性向けのフロアなので、若い女性ばかりが使用した便器をなめることができるという点でお気に入りでした。中学二年ごろまでぼくは女子トイレに何度も侵入しては便器をの汚れをなめとり、すぐドアの向こうで女子高生らしき声が談笑するのを聴きながらオナニーをして射精していました。なぜか見つかったことは一度もありませんでした。本当に不思議なことですが。。。

しかしながら、中三の最後あたりのころ、となりの個室のひとに怪しまれドアをどんどん叩かれるという大変やばい事件があり、それ以来急激に怖くなり女子トイレに侵入できなくなりました。しかしぼくにとって女子トイレで便器をなめるというのは、小学校からの日課ですから、本当に生活の一部になってしまっているし、簡単にやめられませんでした。それに、侵入しなくなって本当にびっくりしたことなのですが、1週間もすると、禁断症状のようなものがでてくるのです。本当に女子トイレのことしか考えることができなくなり、頭がくらくらする。小学校から日課のようにやってきたことですから、確かにそれもそうなのかもしれないのですが、どうやらぼくの身体がまるで排泄物を栄養素としてもとめているみたいなのです。ぼくの身体は、もうすでに女性の排泄物を最低1週間に一回は摂取しないと、体調がわるくなるほどになっていたのです。これはものすごくショックでしたが、同時に自分自身で、ものすごく興奮しました。もうぼくは一生女性の排泄物がないと生きていけない便所虫としていきていかなければならないんだと、ショックのあまり寝込みながら、狂ったようにオナニーをしていました。
そういえば、ぼくは普通の性欲の方も相当強いらしく、今でも休日は一日10回くらいはオナニーをしたりします。平日は3~4回で、よっぽどのことがない限り必ず
毎日しています。その点もぼくの異常さに拍車をかけていたのかもしれません。単にいじめられてマゾになったぐらいでは普通、ここまではならないように思います。


とにかく、簡単に女子トイレには侵入できなくなったので、そこでぼくは妥協案として男女共用便所をなめるようになりました。男性の排泄物をなめるのは本当にいやでしたが、禁断症状まで出ているのですから、本当に瀬に腹はかえられないという感じでした。できるだけ女性の尿があたる、洋式の手前のふちの部分のみをなめるようにしました。しかしそれは本当に嫌な気分のするものでした。

そこでぼくが発見したのが、女子トイレでよく見かけた汚物入れでした。汚物入れは、何が入っているのかは、なんとなく前々から察していましたが、ぼくの目当ては便器のよごれの方だし、とくにそこまで興味をもってはいませんでした。しかし今、女子トイレに入ることが出来ず純粋な女性の排泄物を楽しめなくなったぼくに、唯一手に入れることができる純粋な女性の塊は、使用済みの生理用品なのでした。そのことにきづいたぼくはすぐに汚物入れをあさり、使用済みのナプキンを開きました。中にはレバーのようになっただれのものかわからない女性の経血がどさっとついていて、ものすごい生臭さと、ずっしり重かったのをおぼえています。ぼくは興奮のあまり右手でオナニーをしつつ、必死で経血にむしゃぶりつきました。

それからというもの、ぼくは大喜びでコンビニやファーストフードの汚物入れをあさりまくりました。とくにファーストフードは、若い客が多いので、手に入れられる使用済み生理用品はぼくにとって大変上質なものでした。どこのどんな女性がつけていたのかわからない使用済みの生理用品をしゃぶり、匂うという最低の行為をしているという自覚に、ものすごく興奮させられました。ぼくはしばらくは使用済み生理用品に夢中になりました。色々な楽しみ方をしました、、お湯に2、3本タンポンを入れて真っ赤な経血ティーをつくって飲んだりもしました。(知らない女性三人の性器からでたカスを同時にミックスして飲んでいるのだから、ぼくにはものすごい贅沢です。)しかしやはりそのうち怖くなりました。世の中にはエイズや性病というものがあるのですから。便器をなめている分には腹を壊すだけですが、使用済み生理用品を舐めるのは命にかかわります。一時期の熱気がさめると、ぼくはすぐに誰のものかわからない場合は匂いをかぐだけにとどめるようになりました。

ぼくはまた、女性の排泄物を摂取することができなくなり、禁断症状がおそうようになりました。高校のころは、まるで禁煙でもするかのように、できるだけ回数を減らして女子トイレに忍び込む、共用便所をなめるようにする、使用済み生理用品のにおいだけにとどめておく、ということの繰り返しでした。


自分の性癖をかえるということも色々試みました。

例えば、身体中に卑猥な落書きをしてコートだけはおって綺麗な店員さんの本屋にいってみる、エロ本屋で700円で買ったローターを性器にガムテープで貼り付けて駅ビルの婦人服売り場をうろついてみる、綺麗な店員さんのいるコンビニでエロ本、こんにゃく、生理用品、コンドームをいっしょに買ってみる(そしてそのあとトイレをお借りしてオナニーをする)、アナルに色々つっこんでみる、知らない番号に電話をかけて女性がでたら自分の性癖を告白する(当時、PHSにかけると6割くらいの確立で女子高生らしき相手が電話をとった)など、、、


しかしやはり女子トイレの便器を超える興奮をえられるものは存在しなかったのでした。

実際この当時のぼくは女性の排泄物に相当飢えていました。友達と女子高の学園祭にいったときはふと友達とはぐれたタイミングで教室に入り、そこにあった黒ずんで汚れたゴミ箱(単なるゴミ箱です!汚物入れとかではありません!)をべろべろなめたりしていました。普段女子高生だけが使っているゴミ箱なら、ぜひともなめたいと思ったのです。そのときはゴミ箱の下にたまっていた、飲料や食べ物などがこぼれた生ゴミの汁も飲みほしました。

フラストレーションは溜まる一方でした。



ちなみに、ぼくは中高と男子校でしたが、おかげでめったに女性と話す機会がありませんでした。そのことが、ぼくの中で女性に対する神聖視をいっそう強めたのだと思います。もはやぼくにとって女性は神様と同等でした。

また、高校のころにはぼくはいじめられなくなっていました。身長も175センチ近くまで伸び、体格はスリムな方で、わりとおしゃれに気を使ったりして、また、音楽もギターをひいたりするようになっていたので、クラスではわりとそれなりの立場になっていました。
いじめで受けた心の傷は未だに消えませんし、未だにやつらを見返したい一心で毎日をがんばってるという側面はありますが、それにしても高校のころには、いじめのことはぼくのなかでは一応整理がついた問題でした。

そんな中で、ぼくは本当に半年に一回話すか話さないかの女性の相手の前ではちょっとクールなやつ、のような顔をしてものすごく格好をつけながら、一方ではこの女性にひれふして今すぐ顔を踏んでいただきたい、そして今までの日々の全てを告白してしまいたいと思うという日々を続けていました。

どうしても女性と話したかったぼくは、友達の合コンにつれていってもらったりしては、(と、いっても高校生同士の合コンですから、いっしょにカラオケいったりする程度なのですが、)かっこをつけていました。カラオケでは出来るだけクールそうに椅子にすわって足を組み、クールに吸えないタバコをふかす(今でも全然すえません。)、それで『あ、おれJ-POPとか全然わかんねぇから。』、というかんじです。そんなかんじですから、女の子のほうも声をかけづらいし、それにぼくは家の門限が早く、7時あたりには帰らなければならなくなり、結局合コンいつも、なんの進展もなくおわっていました。

そのうち合コンを主催していた友人達は、彼女をつくりはじめ、童貞をすてたものもちらほら出てくるようになり、ぼくはあせるようになりました。なんで彼らと同じようにしてるのに、おれだけ童貞なんだ?今から考えれば、セックスというのは、自分が一人の女性を愛した、ただの結果にしか過ぎないなんてことは完全にわかりきっていることなのですが、当時のぼくはまだ愛するということをまるで分かっておらず、単に童貞を捨てたやつはえらい、それだけしか思っていませんでした。

女子トイレのことも含め、ぼくはきっと女性のことを人間と思っていなかったのだと思います。神か何かだと、思っていたんだと思います。

本当は女性だって、人間なのに。。
人間だから、愛せるのに。。
そのことがわかるまで、ぼくにはまだしばらく時間がかかりました。


ともあれ、童貞をなかなか捨てられなかったぼくは、だんだんと童貞であることにコンプレックスを感じるようになっていきました。




大学に入ると、門限はなくなり、また、うちの大学は女子の比率が非常に高く、すぐに女友達がたくさん出来ました。最初は話すのすらかなり緊張しましたが、すぐになれるようになりました。また、大学のトイレは警備が非常にゆるく、また日常的に女子トイレに侵入し、(それも自分の友達をふくむ女子大生だけが使用するという、ぼくにとっては大変好条件のトイレです)便器をなめることができるようになりました。


ただ、童貞だけはまだ捨てることは出来ずいました。

インターネットのエロサイトやAVには、毎日のように違う女性とセックスをしまくる男性が出てきます。それを毎日のように見ていると、だんだん感覚が麻痺してきて、未だに童貞でいる自分が劣った人間であるかのように思えてきます。

ぼくはそのうち、羨ましいという思いを超えて、色んな女性とセックスをしまくる男性のペニスを崇拝するようになりました。

そして、たくましい、何十人、百人もの女性を快楽に導いた男性のペニスをしゃぶらせていただきたい、と思うようになりました。


そのうちぼくはインターネットのゲイサイトで男性のペニスをしゃぶり、少しのお小遣いをもらうようになりました。募集を掲示板にのせると、すぐにお客さんがついて、週2くらいで色々な男性のペニスをしゃぶることができるようになりました。ぼくは固定客ではなく、できるだけいろいろな男性のペニスをしゃぶらせてもらおうと思いました。現在までで、50人くらいのペニスをしゃぶったと思います。

お金を払っているという気持ちがそうさせるのか、ぼくのことをまるでトイレのように使う男性は少なくありませんでした。ゲイの男性はそういう人が多いのかわかりませんが、ほとんどの方がペニスを洗わずに臭いのするペニスをぼくにしゃぶらせました。一目見て分かるほどのカスがついているひともいました。いつも口の中にはすっぱい味と香りが広がりました。

そのうち、ぼくもそれが好きになり、今ではぼくにとって男性のペニスの恥垢や精液も、女性の排泄物と同様、しばらく摂取しないと禁断症状がでるほどのものになりました。


ぼくが男性のペニスをしゃぶってもらったお金で、インターネットのサイトで女性を募集し、尿やツバを飲ませてもらうようになるのには、そんなに時間はかかりませんでした。これは画期的なアイディアでした。男性のペニスをしゃぶってもらったお金で女性の尿を飲ませてもらえるのです。

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大学四年のころね、ぼくを飼っていた女王様が、ぼくにいったんだ。
「キミはマイケルジャクソンみたいになるしかないじゃない。キミはねえ、ロックスターにならなかったら、誰も認めてくれないわよ。誰もこんな気持ち悪い人間、相手にするわけないでしょう。あなたは一人ぼっちよ。あなたは孤独の中で死んでいくの。だからキミはどんな思いをしたって、絶対にロックスターになりなさい。生きなさい。そうして、生きられなかった人を救いなさい。さあ、私のもとから飛び去って、思う存分に飛びなさい。」そういって彼女は悲しそうに笑った。

そうしてぼくは彼女はいなくなった。

ぼくはマイケルジャクソンになりたい。なにがなんでもマイケルジャクソンになりたい。どうしてもロックスターになりたい。変態なんかになりたくない。ぼくは変態じゃない。キチガイじゃない。ぼくは普通の人間だ。ぼくはここに生きているんだ。彼女も普通の人間だ。彼女はあそこに生きているんだ。頭がおかしいんじゃない。なんで腕をきらなきゃいけないんだ。なんで睡眠薬をのまなくちゃならかなかったんだ。なんであんなにつらい思いをしなければならないんだ。ぼくは彼女を救うんだ。ぼくは世界を救うんだ。みんなぼくを馬鹿にするだろう。それでもぼくは世界を救うんだ。この世界は、天国にならなくちゃならないんだ。悲しいことも苦しいことも、貴族も乞食も労働者も資本家も、キリスト教徒もイスラム教徒もテロリストもこの世界の支配者も、みんな手をつないでハッピーエンドをむかえなくちゃならないんだ。だれがおかしいなんてことはない。彼女は頭がおかしいんじゃない。


おいMおまえ、言ってみろ、おれはカルトスターかそれともロックスターか?おれはカルトスターかロックスターなのか?おれはキチガイか?変態か?おれは人間じゃないのか?おまえは永遠に過去に負けつづけるのか?おれはマイケルジャクソンになりたい。マイケルジャクソンになれば、顔を上げて道を歩くことができる。

おいK、言ってみろおまえ、キリストはおれたちを笑ってんのか?それとも本当に世界を救うつもりなのか?あいつらは馬鹿なのか?それともおれたちよりずっと大人な連中なのか??おい、おまえはアイドルか?アイドルになって百人を殺すのか?百人を愛するのか?そうしておまえは最期に笑うのか?やっぱり愛だったって言って笑うのか???


おいS、おまえは死神か?おれがひとりで殺しあってるのをみて感じてるのか?いつかおれがぼろぼろになって倒れたとき、最期に首をしめて息の根をとめるのは笑い顔のおまえか?そうしておれの死体とセックスして、完全になろうって言うのか?おれはピエロか。おまえは死神か。世界は天国か。それとも人の国か。どうしておれはあいつとわかれなければならなかった?どうしておまえはあいつと別れなければならなかった?どうして人は別れ続けなければならないんだ?どうしてみんな仲良く手をつなぐことができないんだ?どうしてみんなみんな幸せに、ハッピーエンドを迎えることができないんだ?


ぼくは弱くない。ぼくは強い。ぼくはだれよりも強い。ぼくは弱さがきらいだ。何よりもきらいだ。ぼくは強かったら彼女とも彼とも別れないですんだ。もし彼が強かったら?神さまより強かったら?おい町田、誰より愛すべき友達よ。おまえが神さまよりも強かったら?おまえに力がありさえすれば?天国もこの世界も未来も塗り替える力があったとしたら?おい江戸原、おまえは苦悩だけが人生を燃やすガソリンだといったな?おまえのガソリンはそれっぽっちなのか?おまえのカルマはそれでおしまいか?おれはいつまでたっても燃え尽きないぞ。おれは絶対に燃え尽きない。おれは死んでも燃え尽きないぞ。百年後も二百年後も、消し忘れた仏壇の蝋燭みたいに燃え続けてやる。

H、おまえの血は自分の悲鳴を殺すのか?おれがおれのおれにおまえのおまえをおまえだらけにして血まみれじゃないかいつだって。誰かおれを止めろ誰かおれを殺せ誰か世界が終わりに近づいてるぞおまえの世界がおわりになるぞ

おい誰でもいいから答えろ、おれはロックスターか?それともカルトスターか?それともただの変態か?

高校のころ、ぼくはギターもひけないし歌もへたくそで、誰もバンドを組んでくれなかった。ぼくは一度だって自分のストーリーの主人公になったことはなかった。ぼくのお話にはいつだって父さんが大きな影をひそめていて、、、、父さんは怖かった。ぼくは父さんに一度でも認めてもらえたら、すぐにだって悲鳴をやめたっていいと思ってる。ぼくは過去を殺したくて殺したくてギターを叩きつけるのだけれど、過去はぼくを縛り付けるばかりで一度だってぼくを自由にしない。自由は一番ほしいものだけど、それを手にするには力が要る。力は求めたものだけに与えられる。真実なんてどうでもいい。ぼくは力がほしい。ぼくは誰よりも強くなりたい。神さまよりも強くなりたい。そうして、今日からはみな自由だと叫ぶのだ!

何もない何もない何もないぼくには何もない力も時間も勇気も愛も。

だからぼくは作ろう。自分を、何もない世界に。ひとりで作ろう。貴方を作ろう。神さまをつくろう。つくられた神はぼくを許すだろう。つくられた天国はぼくを救うだろう。


おいN、たった一度でいいから答えろ。革命は世界を救うのか。それともおまえを救うのか?答えろ。人の力は世界を変えるのか?おれは太陽に飲み込まれた人間の、何もない何もない何もないこの世界に、神さまと自分がたったふたりの、愛も悲しみもないこの世界に、なんのために生まれてきた?おまえはなんのために生まれてきた?世界がかわったら、人間は救われるのか?答えろ中尾、おまえは一番頭のいい人間だろう、なあ頼むから答えてくれ、答えろよ、人は人を変えることができるのか?答えろったら。




おい神さま、答えろ、たった一度でいいから。貴方はぼくを許しますか。許しますかってきいてるんだよ。何百人もの人を痛み、傷つけ、殺して生きているぼくに、生きる資格はあるのか。あるのかよ。ぼくは傷つけ、殺したものと共に滅び行くことが正しいのか。これはぼくの罪に貴方が与えた罰だろうか。



真っ赤な薔薇を彼女にあげた。花はなぐさめだろうか。気休めみたいなものだろうか。ぼくの血はこのくらいに赤いだろうか。ぼくの血は、あなたの中をかけめぐるのか。貴方はぼくが生きてると認めてくれるだろうか。ぼくの血は、永遠に生き続けることができるのだろうか。なあおまえ、ぼくは冗談で書いてるんじゃないんだ。書かなきゃマジで死んじまうから書いてるんだよ。ぼくは愛してるよ君の事を。数百人がみてるけどぼくは全然恥ずかしくない。初めてあったとき、君はぼくに鎮魂歌をきかせた。やっぱり君は死神か。ぼくはやがていずれ誰かに殺されるだろうか。それでもぼくの歌は、せめて歌だけは、誰かの慰めになるのだろうか。それならぼくは本望だ。花は慰め?それでも嘘じゃない。絶対に嘘じゃない。あの美しさだけは嘘じゃない。この愛が嘘だとしてもそれだけは絶対に嘘じゃない。おい町田、羽根なんてなくていいじゃないか。負けと決まった人生だ。サヨナラなんて覚悟の上さ。愛か?おまえの色でこの世界をバラ色に染めろよ。おい松本、おまえは本当に、知らないといわれても、誰も恨まないのか。おい、悪いけどおまえ絶対に神に許されねえぞ。キリストはおまえのことを許さないぞ。おまえがどれだけ世界を愛すといったって、世界は絶対におまえのことを、やがて殺すのさ。でも、そこまでしても、ぼくはこの世界に残りたかった。おまえは生きていくのか。この、神のものでもなく人のものでもない世界に。

こんなにも強く、弱いものを許さないぼくが、はじめて君の胸にふれたとき、はじめて世界は展開して美しい星を見せた。太陽の下で眠れ、神の元で眠れ、正義の元で眠れ、罪と憎悪と絶望のもとで眠れ、それでもぼくは手を握る、足を曲げる、目を動かす、希望の歌を歌う、ロックスター、ロックスター、ロックスター、ぼくはロックスター、やがてロックスター、死ぬまでロックスター、死んでもロックスター、ぼくはヒーロー、世界を救うヒーロー、神さまを倒してみんなを救うヒーロー、答えろヒーロー、答えろロックスター、おれはロックスター、王国をつくるロックスター、天国はロックスター、ぼくはロックスター、君もロックスター、ロックスター、ロックスター、ロックスター、ロックスター、ロックスター、ロックスター、 生きろこの世界 、夢はこの世界 、絶望もこの世界 、愛もこの世界 、
おれは正気じゃないのというのか 、いいやおまえが笑いかけたからだ 、なああんた、あんたに聞いている。名指しじゃなくて今この日記を読んでいるあなただよ。貴方が一瞬でも信じるなら、ぼくは貴方のために死ぬまで歌い続けよう。これが何もない世界、愛のない世界、ロックスターのいない世界、でも、なぜだか絶望だけじゃない世界 、









2008年10月1日水曜日


ああどうしてぼくは嘘ばかり書いてしまうんだろう。ぼくは天才でも変態でもなんでもないし、ぼくは自分で言うほどダメな人間でもなんでもないのだ。ぼくは普通の人間だ。何のおもしろみもない、ごく普通の、平平凡凡な人間だ。それなのにぼくは、ロックスターやら大文豪やらにあこがれて、涙目になって彼らの真似をしてみせるのだ。ぼくはお酒なんて飲みたくない。ぼくはもっと平凡な人間だ。ぼくはきっとロックスターになんてなれっこないのだ。デビットボウイみたいな顔もしてなければ、太宰のような文才もない。それでもぼくは、滑稽な化粧をしてへたくそな小説を書き、必死に自分では稼ぐまいとし、必死に酒を飲んで、やりたくもない女たちとセックスをして、どうだぼくはロックスターだと、血を吐き涙を流して言ってみせるのだ。魂が泣いてるんだよ。全部嘘さ。全部本当だ。それでもぼくは、どれだけ惨めな思いをしても、どうしてもロックスターになりたかった。でも本当は、ぼくは天才でもロックスターでもなんでもなくて、ただの気が弱いいじめられっ子だ。寂しがりやのいじめられっ子は、みんなの気が引きたくて、でも引きかたがわかんなくて、だからぼくは壊すしかないのだ。死神がぼくの右肩にその手をかけている。ぼくは魂を失う代償に、この世界と愛を与えてもらった。ぼくなんていない。どこにもいない。ぼくは愛だ。全部だ。そして全部嘘だ。ぼくは寂しい。男女構わず何十人とセックスしても、さみしい。ぼくは君に触れたい。でもぼくはどうしてもその一言が言えないのだ。恥ずかしくて、たまらないのだ。それに君はぼくのことなんて…

ぼくは有名になりたい。有名になって、誰からも赦されたい。でなければ、ぼくは恥ずかしくて道も歩けないくらいだ。みんなぼくに怒っている。ぼくはどうしたらいい?赦されるには?有名になったら、きっとみんなわかってくれるだろう。ぼくを友達にしてくれるかもしれない。ぼくはみんなと友達になりたかった。でも、どうしたらいいのだろう。足を舐めればいいの?犬のふりをすればいい?ぼくは自分の顔が嫌いだ。いつも怯えた目をしてる。いつ怒られるんだろうと、ずっとびくびくしている。人を不快にさせまいと、いつも精一杯に笑っている。みんなぼくを必要としない。ぼくはひとりだ。なんでぼくは悲しくて仕方がないのだろう。ぼくはみんなと仲良くしたいのに、どうして人を差別するやつの方は何も苦しまずに、ぼくはこんなに悲しいのだろう。どうしてみんなみんな仲良く手を繋ぎたいと思う人ばかりが、いつも苦しくて仕方がないんだろう。みんな仲良くしたいのに、そうしてこの世界のみんなみんなが、全員幸せになるハッピーエンドがやってきたらいいのに。魂が血をこぼしているんだ。ぼくはロックスターになるんだ。ロックスターになったらきっと、ぼくはみんなみんなと仲良くできるんだ。だってぼくはロックスターなんだから!ぼくは歓喜と溢れんばかりの愛の中で大いなる大地にキスをする。神よ、貴方に魂を捧げます、その代償として、どうかぼくを赦してください。どうかぼくを叱らないでください。出ていけって言わないでください。ここにいても良いと言ってください。ぼくは普通だし、天才でもロックスターでもないけど、けれどもぼくは自分が罪人であり、許されない存在だということだけはよくわかっているつもりなのです。貴方がぼくを赦してくださらなかったら、ぼくは一生顔を上げて町を歩けないでしょう。みなぼくに石を投げるに違いないのです。ああ神よ、ぼくはぼくのことを忘れた人をゆるします。ぼくはぼくを裏切る人を許します。ぼくもぼくが愛する人もやがては死に、この世界からいなくなって、永遠に人々の記憶から忘れさられてしまうことを受け入れます。ああ神よ、貴方が許してくれるなら、ぼくはそれでも生きます。死ぬまで真面目に精一杯に生きます。ぼくはこの愛が、例え嘘でも、やがて跡形もなく消え去ってしまうものだとしても構いません。孤独よ、絶望よ、この世で最も高貴なる魂よ、ぼくを天国に連れ去ってくれ。ぼくは何も出来ない、歌うことも話すことも伝えることも、歩くことも描くことも笑うことも、憎しむことも夢見ることも愛することすらも、だからぼくは天国にいきたい。そうして君に赦しを乞うのだ。


「泣いてもいいかい?」
「なぜ泣くの」
「あまりに多くのことを忘れてしまったから」



そうしてぼくは、世の中全部全部の、忘れられてしまったもののために泣こうと思う。人間はやがてみな、忘れ去られるのだ。








2008年7月29日火曜日

友達の話


こんな男がいた。こんな男がいた、というのはフィクションだと思ってくれても、現実にいるのだと思ってくれても構わない。

ぼくの心のうちにいる彼の名前、仮にその名前をAとしよう。Aはぼくと同い年のバンドマンで、大学生である。大学生のバンドマンにありがちなことであるが、学校での成績は決して褒められたものではなく、何度か留年もして今もまだ大学に在籍している。顔立ちは大してよくもなく、性格は一言で言えばガサツである。付け加えて言えば鼻下からは常時二、三本の鼻毛がのぞいている。それから彼は生来のインドア派である。インドア派というのは、ひきこもりの極めて穏当な言い回しのことであった。彼はオタクで、とくにガンダム、エヴァンゲリオンを中心に日本アニメを深く愛しており、例えばフランス文学に幼いときから親しんできたとか、ボサノバとラテン音楽についていくらかの知識を擁しておるとか、そういう、いわゆる世間的に「好ましい」趣味とは程遠い文化に囲まれて青春時代を過ごしてきたように見える。で、そんなわけで彼は酔っ払うと、いくらバンドをやっていたとしたって、どうあっても自分はモテるようなタイプではないと、弁舌たくましく語りだすのであった。 

しかしAというのは本当にがさつでオタクで成績も悪く、本当にどうしようもない類の人間なのであるが、ぼくは彼のことが本当に好きであった。どうしてかと言うと、彼が心底孤独な人間だったからである。 

ある日、いくらか酔いのまわったAが二人きりの時に、突然こんな話をしたことがあった。
「なあ龍郎、おまえ、こりゃ実際本当に馬鹿みたいな話だが、どうかそう馬鹿にせず聞いてくれ。いや何、おまえそう姿勢を正して聞くような、大した話じゃない。実に皆目くだらない話さ。ああそうそうおまえ、よくありがちな、タブロイド誌の三文小説さ。その三文小説は、こういう月並みな書き出しで始まるんだ。昔々、あるところにひとりぼっちの少年がいました。どうだ、なかなか月並みなもんだろう。でな、この少年は、とあるクラスの女の子のことが好きだったんだ。この女の子は、そんなに美人てわけじゃないんだが、笑うと頬にえくぼができる、白くてちっちゃなとてもかわいらしい子で、少年はこのえくぼがたまらなく好きだった。教室ではいつも目立たず、ひとりでいることが多かった。かといってまるで友達がいないってわけでもなく、いつも何人かのグループを構成して、お弁当を一緒に食べていた。少年にとって、女の子は『心のお姫様』ってやつだった。 

で、少年はこのお姫様に気に入られようと、色々なことをする。でも少年は、大して顔もいいわけじゃないし、体操だってクラスのガキ大将の連中のように自由自在、ってわけでもないから、うまく女の子に自分のことをアピールできないんだな。ま、思春期の中学生にありがちなことだがな。それにしたってこの少年は人間関係の全てにおいてあまりに不器用で、人に自分の感情を表すのが滅法苦手と来てる。で、あんまり苦手だからうちにこもって朝方までどうしようもない深夜アニメばっかり見てる。あるいはもう大分前に兄貴が使わなくなったクラシックギターを、よくわけもわからないのにぽろぽろと自己流で弾いて、なんとか精神の安定を保ってる。都会から遥か離れた人口二、三百のさびれた田舎町で、ザーメン臭い童貞中学生が、今にもパンク寸前てわけだ。ははあやっぱり、どこまで言っても三文小説だな。だがな、月並みもここまで来ると、どれだけ才能のない作家か、試してみたくもなるってもんじゃないか。 

でな、この三文小説家はやっぱりここから、その月並みな伝統手法をしっかり守って、急展開を始めるんだ。なんてったってびっくりすることだがな、この少年が甘酸っぱい恋心を寄せているこのお姫様が、不治の病で突然入院しちまうっていう展開さ。な、本当に安っぽい、今時ありがちの、高校生が書いたケータイ小説みたいな話だろう?なあ龍郎、そんなにつまらなそうな顔をすることはないんだ。もう少しおれの話をきけよ。 

少年はな、 恥ずかしくて恥ずかしくてたまらんかったのだが、勇気を出してお見舞いに行くんだ。何をお土産にもっていくべきか大層迷ったんだがな、そりゃメロンでもなんでも、お見舞いにはお見舞いらしいものってのがあるもんだ。ところがこの少年ときたら(なあ龍郎、人間てのはときに、究極的に恥ずかしくて何がなんだかわからないくらいになっていると、あえて最も恥ずかしいと思われる選択肢を、わざわざ自分からとりにいくっていうことが、間違いなくあるものなんだぞ。)何を血迷ったか、さんざん悩みあぐねた挙句、真っ赤な薔薇を一輪だけ、駅前の花屋で購入したっていうじゃないか。看護婦にも、学ランを着たニキビだらけの中学生が、真っ赤な薔薇を一輪だけ持って、えらく緊張した面持ちで、がくがく震えながら真っ赤な顔をして汗だくでやってきたってもんだから、人目もはばからずにくすくす笑われるって始末さ。もう、少年は恥ずかしさのあまり、今にも薔薇を投げ飛ばして、ワッと逃げ出したいってくらいなものなんだ。少年にだって、アニメオタクでひきこもりの自分が、薔薇の花の一輪もって歩く姿の、まるでさまにならないことぐらいはよくよく自分で承知していたんだからな。でもなあ、そう簡単に逃げるわけにもいかないんだよ。なんたって、彼のたったひとりの大切なお姫様が、この城のどこかにとらわれたまま、たったひとりで不治の病と闘い続けているっていうんだからな。それに比べたらこの少年のかく恥なんて……そう思えば文句ひとつ言えるわけもないってわけなのさ。なにはともあれそんなわけで、彼は真っ青になって震えながら、看護婦どもにげらげらと笑われて、病室への階段を上っていったって言うのさ。 

しかしな、彼の大切なお姫様はこんな恥ずかしい少年のプレゼントにも、思いのほか並々ならぬ好意を示してくれたらしい。実のところ少年とお姫様は今まで学校でほとんど口をきいたことすらなかったというんだが、(少年は極度の恥ずかしがりやだったから、直接的なアプローチはほとんどできずにいたんだな)まあお姫様の方も、何がなんだかわからないうちに突然意味わかんない不治の病なんかに犯されちまって、大分心細くなってたんだろうよ。それに、全くひどい話だが、彼女が病気になって、そりゃあ最初はたくさんの同級生やら学校のお友達やらがお見舞いに来てくれていたんだが、一月、二月とたつごとに、来客の数も減っていって、今では彼女に見舞いに来る奴なんて、家族のほかに、ほとんど誰もいなくなっちまっていたっていうんだ。信じられるかい?突然意味のわからない不治の病なんかに犯されて、それでひとりひとり友達は減っていき、最期にはたったひとりで、誰にも知られずにさびれた病室の片隅でこっそりと死んでいくなんてことが。でも、このなにもしらないかわいいお姫様には、本当にそんなことがおこったって言うのさ! 

それで、この奇妙な来客にも、彼女は替えようもない大きな安心感をもらったんだな。で、なんとも嬉しそうに、その真っ赤な薔薇をグラスに挿したり、それから少年が果物ナイフを取り出して、丁寧に冷蔵庫に転がってた青りんごをむいてあげたりなんてことをしているうちに、ふたりの間には真正なる友情が芽生え始めることができて、やがて仕舞いには、また明日も必ず来るって、固い約束を交わしたくらいだった。かわいらしくゆびきりなんか交わしちゃってな。それも三度もだぞ。 

で、それから毎日のようにお姫様のところに、少年はお見舞いに行くようになったんだ。真っ赤な薔薇は馬鹿みたいだからやめたらしいんだが、それでもメロンを買うような余裕は中学生の彼にはどこにもなかったから、土産には道端に生えていたタンポポをひっこぬいたり、妹の育てていた牡丹を秘密で拝借してきたりしてな。時にはお隣さんの百合を黙って切ってきちゃったりしたこともあったりしたらしいが、そのたびに彼のお姫様は大喜びで、枯れちゃったやつも決して捨てようとはしないで、綺麗にゴムで束ね、病室の窓際の壁に画鋲でとめて次々とドライフラワーにしていったんだという。これがまたとても華やかで、医者や看護婦たちも大変おもしろがり、しばらくの間病院中で、ドライフラワーが大いにはやったという小噺つきさ。 

そんなわけで、毎日毎日違う花を一輪ずつ持ってくる変わった中学生くんは、病院でも今やちょっとした有名人になっていた。初めは彼のことを笑っていた看護婦たちも、次第にこの熱心な中学生に敬意に似た関心を図るようになってきて、時には『これをふたりでお食べなさい』なんて言って、缶コーヒーやらバームクーヘンやら(ナースステーションてのは大概そんなものが有り余ってるんだよ)をよこしてきたりしたんだという。中学生の方も礼儀正しく『ありがとうございます』って馬鹿丁寧にお辞儀するもんだから、あらま、なんていい子なのかしらってなわけで、やがて中学生くんはこの病院の名物見舞い人になっていったのさ。 

ところがある晩、いつものように少年が花を一輪握り締めて病室に行くと、今日はお姫様の様子がおかしい。なんだか白い顔をして、いくらおもしろい話をしてやろうとしても、無理に笑っているように見える。少年は不思議に思ったんだが、まあなんだか長い病院生活の中には、いくらかおもしろくないこともあるに違いあるまいなどと思って、そんなに深く気にもとめなかった。まあ、この少年もなんだか油断してたんだろうな。本当のことを言えば、今だっていつだって彼女はたった一人で不治の病と闘っているんだって言うのに、彼女はそんな様子はおくびにも出そうとしなかったし、いつも高らかなかわいた笑い声を、小さな花だらけの病室にころころ響かせていたって言うんだからね、だからこの少年が、いつ死ぬともしれない重病人を目の前にして、こんな鈍感な反応しか示せなかったというのも、つくづく馬鹿みたいな話なんだけど、それでも決して現実味のない話ってわけでもないんだよ。少年はなんだか、この楽しくて幸せな日々が、わけなくすいすいと、永遠に続くような気がしてたんだな。いや、どう考えたってそんなわけがなくて、こいつは正真正銘の大馬鹿なんだがね。いや龍郎、この少年は本当にどうしようもない、馬鹿も馬鹿の大馬鹿だったんだよ。 

少年は何も考えずに帰ろうとした。じゃあ、といって席をたち、引き戸をあけようとしたときに、お姫様が『あ。』と言った。少年は笑いながら上機嫌な顔で振り返った。するとお姫様が顔をひきつらせながら笑っている。でも少年はどうしようもない馬鹿だからそのことにすら気づかない。不思議そうに『どうした?』と聞くだけだ。少しの沈黙があってから、お姫様は真っ青な顔で、『さみしい。』と言った。少年は少しだけ動揺したが、こんなことは前にも何度かあったので、また来るよ、と言って優しく微笑んだだけだった。そうして、彼女が震えながらこくり、こくりと二度頷いたのを見届けてから、きっと明日ね、といって静かに扉を閉じた。 

結局その晩にお姫様はころっと死んじまった。赤、黄、紫、少年が持ち込んだ、幾百もの色鮮やかな花々に囲まれていた。 

何はともあれ、町にひとつしかない、小さな葬儀場で、式は粛々と行われた。少年には彼女が死んじまったこと自体がまるで理解すらできなくって、雲ひとつない真夏の空の下で、ただぽけーっとして列に並んでいた。セーラー服に黒い腕章を着けた同級生の少女たちが、隣でぺちゃくちゃとおしゃべりを続けていた。やがて悲しくなったのだろうか、おしゃべりはやみ、彼女たちは人目も憚らずに大きな声を出して泣き始めた。途端に少年には、自分がここにいることが、大変場違いなように感じられてきた。そうして、なんだか今すぐにでもここから逃げ出したいというように思った。 

でも、それってなんだかおかしな話じゃないか。それってなんだかおかしな話だよ。だって、どうして少年の方が葬式から逃げ出さなくちゃいけないんだ?毎日彼女のお見舞いに行っていたのは、彼女たちではなく、少年の方なんだぜ。一度もお見舞いにすら来ようともせず、平気な顔をして葬列に並んでるのは連中の方なんじゃないか。なあ、おまえは、そう思わないか。だからやっぱり、これはおかしな話なんじゃないか。 

少年は、なんだか、自分と彼女が、この世界にたったふたりっきりで取り残されてしまったような気がした。世界中の全てのひとたちと、自分たちふたりが、どうやったって永遠に理解しあえないような気がして、そうして、永遠にふたりでおいてけぼりにされてしまったような気持ちがして、とてもとても悲しくなったんだ。 

少年は、この場所にいることが、最早一秒ですら、どうしても耐えられなくなってしまった。それでタイミングを見計らって、こっそりと棺に近づいて、人形みたいになった彼女の顔をのぞきこみ、やさしくその冷たい頬にふれた。それから、ポケットから枯れた薔薇の花びらを何枚か取り出し、静かにそれを差し込んで、彼女に別れをつげたんだ。少年は、式場の外に出て、駅に向かって駆け出した。そうして、たった七百円の持ち金で、電車にとびのったんだ。どこに行くかなんてこれっぽっちも決まっちゃいないが、それでも少年は、なんてったって絶体絶命に、誰も知らないどこか遠くにいかなくちゃあならなかったんだからな。そうさ、それだけは決まってた。夕焼けの赤が、車内を鮮やかに染めていた。ごとごとごとごととゆられながら、少年は腕組みをして、支離滅裂なことばかりを考え続けていた。どうして自分が生きているのか、どうして彼女はいなくなってしまったのか、どうして自分はここにいるのか、どうして自分はこんなにばかなのか。ぐるぐるぐるぐると、いくつもの考えは浮かんではあざ笑い、そうしてまたすぐに消えた。車窓から眺めるビルや家は、赤々とした光にいまにも溶け出してしまいそうで、少年はどうして世界は溶け出さずにいるのだろうと考えた。 

少年は完全に陽が落ちたのを確認すると、その次の駅で、全く無計画に電車をおりた。なあ、東京育ちのおまえにはわからんかもしれんが、さびれた田舎の星ってのはやたらに綺麗だ。明るくって、夜道を煌々と照らすくらいだ。少年はあたりに誰もいないのを確認すると、何食わぬ顔で柵をとびこえ、ひらけた外にでた。少年の耳元を生暖かい潮風が吹いた。海沿いの小さな町であった。道なりの遥か下の方に見える黒々とした海に向かって、少年はてくてくと機械的に歩いていった。海にはつき光が落ち、光の滴が楽しげに踊り続けていた。少年には何のあてもなかったが、少年には自由があった。」 

Aはつまらなそうな顔をして、静かにタバコを揉み消した。ぼくはあっけにとられて、口をあけたまま彼の話に聞き入っていた。窓の向こうでヤンキーのバイクが、けたたましく彼方へ走り去っていった。 

「まあ、なんだかんだいって所詮中坊の家出だからな。ひとりで子供が夜中にふらふらしてんのを黙ってみてる警察なんていないわけで、あっという間に家に連れ戻されちまったよ。そんなわけで二日家を空けた少年はうまれて始めて親父に本気で殴られたわけだ。けれど少年は思うんだよ。今までの何もなく平和な日々が本当だったのか、今日から生きていく自分が本当のことなのか、生きるっつうのは当たり前だが痛いんだからな。そうだ少年はその日からこの世界相手に、たったひとりで戦争を始めたんだ。世界の終わりさ。最終戦争さ。物語の終わりは、少年の壮絶なる戦死で初めから決まってる。でもねえ、これって変な話だよな。まったく変な話なんだけどさ。でも、やっぱり、彼女が死んだから少年は生きることができたのさ。だって、誰も死ななかったとするならば、やっぱりそれは……みんな死んでるのとまるで同じことじゃないか! 

しばらくして少年は、人からのまた聞きで、生前お姫様が、少年がギター弾いている姿が格好いいとか友達に言っていたらしいということを知る。そう言えば少年は確かに、一度みんなの前で、へたくそな歌とギター演奏を披露したことがあったのだった。果たしてこの話が本当であるかに関しては、まるで確証がなかったのであるが、やがて少年は何かに取り憑かれたように、昼も夜もなく、指先を血豆だらけにしてギターを弾きまくるようになる。彼女に憑かれてたのか、自分に憑かれてたのか、はたまた生きるということに憑かれてたんだか、それはわからないのだがな、しかしな、龍郎よ」 

突然Aが顔を上げた。「なあに、三文小説さ。だけどな、この小説はこう締めくくられるんだ。『少年は、あのとき、世界中のどんな連中よりも、自分と彼女の方が絶対に正しかったんだってことを証明するためだけに、今もギターを持って歌ってる』ってな。なあ、ろくな小説じゃなかっただろう?」Aは真っ青な面をして、ぼくの目を真正面から直視した。その目は烈火のごとく燃え上がり、今までぼくが見たどんな眼よりも強く、激しい情念を宿していた。 

この話を聞いて以来、尚更ぼくは彼のことが大の大好きになった。








2008年7月4日金曜日

流れ出す血液


「目に見える世界の直下で得体の知れないものの巨大な動きがはじまった。それは、予想もつかぬ圧力と緊張のエネルギーをみなぎらせ、満ち干を繰り返す、灼熱した液体をなみなみとたたえた海であった。」(W.Erbt)

「打ちつける怒涛のように煙が噴出してきた。真っ黒い泥濘と泡と飛び散る土くれ、石や氷の塊からなる涙。うなりをあげて跳ぶ飛沫と、轟々たる爆発物のガスからなる竜巻と共に五重の死がやってくる。彼の目は大きく見開かれ、心臓は一斉に広がり、再び燃えながらはじけて縮み上がる。……神代、大地は融けてはじける泡の立つ粥かぬかるみに姿を変えてしまったのだろうか。爆発したガスと圧力と内部の溶岩流によって垂直に宙へと吹き上げられているのだろうか。それは汚物と吐瀉物からなる大洪水なのだろうか。」
(F.Schauwecker)

私たちは放出を必要とした。流れるもの、私の中に流れる熱を帯びたどろどろの粥状の血液が沸騰し、射出する先を求めて体内を循環した。身体から流れ出るとは、一体何が流れ出るのだろう。我々の身体には、一体何が流れているというのだろう。涎、涙、血液、精液、吐瀉物、糞便、これらを沸騰させ、流れ出すことを必要とする火鍋とは一体何なのだろうか。確かに、精液は射出されるべき粥状の血液そのものであった。ペニスというリボルバーから撃ちだされた沸騰する血液は、必ずや敵を見つけ出し殺戮することで満足する必要があった。どうしても敵がなければ自らを殺戮する。こうしてオナニズム(ナルシズム)とマゾヒズムの連帯が、自明のものとしてしてそこに生まれる。 

人間の身体に、ナイフを突き刺す時に得られる興奮と、同じくペニスを突き刺す時に得られる興奮は、言うまでもなく同様のものである。拷問や剣闘士の闘いは、常に上流貴族にとって最上級のポルノグラフィであった。そうして、恐らく他の生物種に見られぬ人という種のだけの異常な偏執狂的な行動の本源は全てこれだ。流れ出し、溶解させ、破滅する。(させる。)敵が、敵が必要だ。敵だけが私たちの血液を受け入れてくれるからだ。戦争と革命、これらは全て射精のためのものだ。流出する血液をこぼす受け皿だ。それらは全て、平和だの正義だのというよくわからぬ大義名分のために行われたのであるが、本当のところは射精がしたかっただけのことであった。平和だの正義だのというのは堂々たる射精の大義名分に過ぎぬ。平和な世界に住む私たちには射精の大義がない。敵を見つけることすらできなかった私たちは、オナニズムそしてマゾヒズムにだけ逃げ場を求めた。繰り返し行われる自らの手による血液の流出。行き場をなくして沸騰したそれは、自らに銃口を向けてまでも流出を求めたのだ。性器的な快楽と性的な快楽は異なるが、性的な快楽におけるオナニズム・マゾヒズムは、恐らく本来的なオナニズム・マゾヒズムのひとつの(最も手軽な)回路に過ぎない。オナニズム・マゾヒズムの本性は、性的な回路という目に見える氷山の下に、巨大な抑圧回路を持って潜んでいる。自らのオナニズムを笑うな。私たちの中に流れるどろどろの血液は、外から強くぎゅうとおされることで、圧力鍋の中の粥のように沸騰し、煮えたぎり、やがて爆発と放出を求めていた。貴方はそれを直視することを恐れた。直視すればすなわち、たちまちにして貴方の血液は身体中の穴と言う穴からあふれ流れ出し、貴方は溶解し、世界と同じになり、消えてなくなってしまうに違いないからだ。あなたはそれを恐れるがゆえに笑った。青ざめたまま、笑ってそれに蓋をした。 

かつて性が性器的なものにすぎなかった時代、性はタブーではなかったのだが、しかしやがて性が私たちの身体の中に流れる血液と結びつき始めたとき、性は恐るべき人間世界の自滅と崩壊への可能性として忌避されるに至ったのだ。しかしながらそれは、決してなくなったわけがないのであって、実際に沸騰し、流出する先を求めて荒れ狂うように体内を循環し始めた血液は誰にも止めることはできないのだ。そうして、二十世紀は戦争と革命の世紀であった。人々は流れ出すために、戦争し、革命したのだった。 

私の血液は、私の外に出ることを求める。私の魂は、私の外に出ることを求める。私は、私の外に出ることを求める。それは死ぬということだろうか。それとも、人ならぬ神類の誕生だろうか。