ぼくは芸術の革新なるものに極めて懐疑的だ。音楽には日々革新が起こっており、進歩を重ねてどんどんよくなっていくなんてのはダーウィニストの世迷い言としか思えないし、だから新しい音楽なんてちっとも興味がない。しかしただ、色んな意見のやつがいるのが好きなのは確かだ。というのも、百人の人間がいたらその精神の吐露は当然百通りになるに決まっているはずで、そうならないのは何がしかの外的圧力がのしかかっているに違いないと、ぼくは考える。周りに合わせよう、とかね。こういうのを、専門用語で同調圧力、というらしい。同調圧力。ぼくはそういうのは、嫌いだ。そんなものに屈する人間は、悲しい。でも、同調圧力に気付かない人間も醜悪だ。唯一好ましいのは、同調圧力を嫌というほど身に染みながら、それを自らの力で打ち壊していく超人のような人間だろう。ぼくは超人に憧れる。
それにしても表現の世界で、最も閉鎖的で、同調圧力の強い世界は言論じゃないだろうか。ぼくは大学に入って、同世代の誰もが現代思想ピッタリなのにはほとほとうんざりした(※ここでいう現代思想とは、構造主義以降の一連のフランス思想家たちを中心とした思想潮流を指す)。日本人はそんなにフランスが好きなのだろうか。誰も彼も口を開けばフーコーデリダで、誰に尋ねても似たような口調で似たような解答が帰ってくる。思想に関する意見を聞く以上こちらは個性的な解答を期待しているのだが、どれも見事なまでに現代思想の入門書でみたようなお決まりの解答が返ってくるのだ。国家と言えば想像の共同体、神話と言えば脱構築、アメリカと言えば帝国主義、抵抗と言えばマルクス……なるほど日本人にとって哲学とは受験の続きであり、思索するものではなく、勉強するものなのかもしれない。しかしそんなやつに限って自分はきちんとした意見をもっておると考え、さも他の学生は馬鹿だと言わんばかりにしておるのだから困ったものである。
なんだか心底イライラしており、大学一年のあたりで「ぼくは日本主義でいこう、なんだいあいつらフランスフランス言ってるがあの奴隷根性は典型的日本人だ、なんでもかんでも舶来上等なんだからな!」と考えた。もちろん現代思想を学んだ連中には、そこから高度な思想的展開を経て高次の独創的哲学を切り開かんとしていた者も少なからずいたに違いないのだが、当時のぼくには脱構築なんていってるやつは全員没個性な田舎百姓精神丸出しの典型的日本人にしか見えなかったのである。こうしてぼくは、彼らを一纏めに「左翼」と呼称し(なんとおおざっぱな定義であることか)彼らを侮蔑した。そうして「あいつらが左翼ならおれは右翼だ」と、ひとり勝手に戦前の思想書を読みふけったのだった。
要するに、ぼくが右翼を自称するようになったのは、逆説的な話だが、典型的日本人というものをいみきらったがゆえである。外来思想を金科玉条のようにありがたがる島国根性を侮蔑して、日本にこだわる人間が、最も日本人らしくないというのは、恐らく日本有史以来の逆説だろう。
ところで鼻息荒く勇んで独自の思索活動を始めた自分であったが、結局のところ現代思想もやがて多少かじるようになった。というのも、それがわからないと、同世代の連中との共通言語がなくなってしまうからだ。いくら独自に思索を発展させても、人に伝わらなくては仕方がないのである。ものすごく嫌々ながらフーコーを読み始めたら意外と面白く、一気に読了してしまった。それから、ドゥルーズだのネグリだのも、面白がって触れるようになった。こうして自分の中には、いつの間にか二つの思想的軸が現れた。現代思想という、周囲に合わせた軸と、右翼思想という、自分独自の軸である。ぼくは周りと同じ科目をとるのを拒んだがゆえに、結局のところ二科目とも勉強する羽目になったのである。これは極めて勉強が嫌いなぼくにとって全く因果な話である。しかしこれが重要な気もする。サイード「知識人とは何か」によれば、知識人とはアマチュアのことである。亡命パレスチナ人であるサイードはアメリカにもパレスチナにも故郷を持てないが、それゆえに、二つの軸で両方を見ることもできる。周りと同じ価値観しか持たないのでは、ロクなことは言わない。かといっ
て自分独自の価値観しか持たないのでは、誰にも伝わらないのである。自分の中に、分裂症的な理解しあえない、外と内という二つの世界があり、それが矛盾しあいながら引き合うときにのみ、創造はおこると、西田幾太郎は言った。ぼくはまともじゃないけど、まともじゃないままの言葉はダメだ。まともじゃない人間が、人に理解してもらいたいと願い、力で引き付けようとするときにのみ、創造はおこる。
それにしても本当に個性的な人間なんて、滅多にいるもんではない。その上、その個性をなにがなんでも周りに理解してもらいたくて腸が煮えくり返るような思いをしているやつなんて、一体どこにいるのだろうか?