一昨晩、外語大までライブを見に来てくださった方、どうもありがとうございました。本当はひとりひとり声をかけて感謝の言葉を述べたく思っております。本当に。心より感謝しております。ぼく、未だに信じられないんですよ。自分のやることにお金を払って見にきてくださる人がいるということが。ぼくはね、自分のことを嫌いという人間ではないんだ。ぼくは自分のことが大好きなんですよ。だけど、なんだか山田龍郎という人間のことが大好きなのは世界中で自分だけだと思ってる。正直に言えば、心のどこかで「ぼくのやることなすことは、どうせだれにも理解してもらえない」なんて思ってる。だからぼくのやることにお金を払ってきてくれるひとがいるとなると、すごく戸惑うんですね。「なんだ、どうせぼくの何も理解しようとしないくせに」などと言ってすごく斜に構えた態度をとってみたり、逆にものすごく申し訳なくなってきて、退屈してないかとても不安になったりする。小さい頃から変なやつだといわれることにはだいぶ慣れ切ってるから、そう、自分は変なやつ、変、つまり別の人、日本人とは別の人。別世界の人、日本人とは関係のない人なんだと、ずっと思っている。「りゅうろうは、まあ、りゅうろうだから仕方ないよね。」小学校の時から、ずっとそう言われてきた。ぼくは日本人になりたくて、仲間に入れてもらいたくてたまらない。「変わった人になりたい」というやつがぼくは信じられない。ぼくはどうしても普通の日本人になりたい。ぼくの歌はすべて日本人への愛と憎悪を歌った呪いの言葉なんですよ。To the Japanese,ぼくは変態ではない、ぼくは日本のことを愛している。アメリカのバンドの友達に、おまえはこっちに来た方が絶対に有名になれるなんて言われても、ぼくは絶対に行く気になれなかった。ぼくは日本のことが好きなんだ。日本人、日本人、日本人。
ぼくが日本人に受け入れてもらえるには、どうしたらいいのか、そればっかり考えている。結局、一億二千万人に一人残らず「自分は日本人の敵ではない、むしろこんな奇妙な個性なんてものは即刻全部捨てて、仲間に入りたいのだ」ということを伝えるまでは、ぼくは人の目が恐ろしくて、往来を顔をあげて歩くことなんかできやしないわけですよ。だからどうしても有名になりたいんだな。本当の音楽とか、本当の自分とか、そんなものにはこれっぽっちも興味なんてありゃあしないよ。ぼくはただ、有名になって、自分を仲間にいれろと言いたいだけだ。「みんな」という日本人への愛のうた、憎悪のうた、呪いのうた、復讐のうた、ねえ日本人、どうして君はいつも、無表情で、少し上からぼくを傍観しているんだい?君も泣いたり、笑ったり、悲鳴をあげたり、すこしでもそういうことをしてくれたら、ぼくはいくら楽になったか知れない。いつもぼくばっかりが悲鳴をあげて騒いでいる、ぼくのひとり相撲なんだな。そんな君が、お金を払ってぼくを見に来るというのは、どうもわかりかねる。馬鹿にしているとしか思えないじゃないか。
ぼくにはよくわからない。年をとればとるほど、ぼくは人に愛されるようになった。ぼくには、ぼくのライブにお金を払って見に来てくれる君が、あの時、ぼくのことを「出ていけ」といったあいつと重なってみえる。なぜ、君は今更ここにくる?ぼくは納得することができないのだ。君はあの時、ぼくを拒絶したじゃないか。ぼくは、誰かがぼくのことを好きといっても、どうしても信用できないのだ。何十人の女に言い寄られて、奴隷みたいにしたって、大勢の後輩たちに囲まれながら、酒をのんでいたって、何百人の聴衆の目を、一身に集めてるときだって、たった一秒ですら、全然信じることができないのだ。
そのくせ、へらへら笑う技術だけは、よく身についていやがる。
人のライブなんてこないで孤独になれよ。と言って、一番、首が締まるのは、この自分だ。でも、ぼくは結局、そういうやつのことだけを、ずっと信用してきたのだ。ぼくは、ぼくとまるで違う場所から、たったひとりでこの世界にテロリズムをしかける奴だけを信用する。「ライブの一体感」なんてこれっぽっちも信じるもんか。それを信じられなかったから、バンドをやっているんじゃないか。
ぼくは思っている。日本は、神国だ。不滅の国だ。ぼくなんかが傷一つつけること絶対にできない、とてつもない化けものだ。ぼくは、試したいのだ。最後に笑うのは天皇かおれか、確かめるためにやっているのだ。おれは、おれの中の日本を殺したいのだ。おれはおれのなかのおれを殺したいのだ。おれは、おれの中の狂気を、殺してここからいなくなりたいのだ。
なにはともあれ、見に来てくれた方には、本当に心から感謝している。直前にこんなこと書いておいてからにアレなんだが、なぜだか本当に心から感謝している。なんでだろうか。これもまた、ぼくの卑屈な心がそうさせるのだろうか。でもぼくは、ただ、ぼくを見に来てくださった方々に、素直に頭を下げて感謝したいと、確かにそう思っている。
とりあえず吉田がドラムをたたくのはあれでおしまいです。何はともあれ吉田らしい幕切れだったことは間違いない(※1)。
※1、吉田はバスドラを客席にぶん投げた後、シンバルスタンドをそれに突き刺し、バスドラの中に入った上、それを腰にまいて(?)会場を後にした。
さて我々はいつ死ぬかもわからんので、立ち止っている時間などこれっぽっちもない。
ぼくは写真が嫌いだった。それを見ている時間ほど無駄なものはないと思ったからだ。
何よりも嫌だったのは、高校の学園祭での、バンド出演者全員での集合写真だった。そんなもん嫌なら写らなきゃいいじゃないかと思うかもしれないが、ぼくは輪を乱すのが怖くて拒否できない。そもそもぼくなんかが写真の仲間に入れてもらえるんだから、それだけで感謝しなくちゃいけないはずだ。そういう空気があった。おれのような取るに足らない人物が(謙遜ではなく、本当にそういう立場の人間だったのだ)そこに写ってようが写ってまいが、連中にはどうでもいいに決まっているんだが、きっと全員写っていることが重要なのだ。
ぼくは、「写っても写らなくてもいい人間が、みんなの配慮で写らさせていただいている」というのがたまらなく嫌だった。
ぼくは本当に本当に嫌で、現像されたその写真を、大変嬉しそうな顔でいただいてから、家のベランダですぐに焼き捨てた。そうして、二度とこんな思いはしまいと、今後はどんなときも、ぼくがこの世界の主人公になるのだと、心に誓ったのだ。ぼくはあのときの自分に向かって歌うのだ。いくら話してもわからない、死んだ魚の目をしたあの連中の無言の暴力にテロをしかけているのだ。諸君、弱いということはみじめだ。
君は主人公か?ぼくはそうでなくては、絶対に納得できない。ぼくだ。ぼくを見ろ。おれを見ろ。おれは神だ。唯一絶対の、全能だ。おれはおれ以外の神は認めない。神はひとりしかいない。だからおまえとは最後まで殺し合いだ